駄目、無理
クララベルの前世の弟視点です。屑注意。
彼にはかつて、姉がいた。
三つ上で、不潔でこそないが地味で安っぽい格好をしている彼女は、彼と違って高校に進学せずに働いていた。自分は日々勉強に励み、塾通いをしていたのに。
(中卒なんて、よっぽど頭が悪かったんだな)
女は気楽だと思っていたし、家にいるのなら家事や祖母の世話を姉がやるのは当然だと思っていたのだが──彼が高一の時に祖母が、高三の時に姉が死んだ。祖母は老衰だったが、姉は交通事故だった。
「最期は、役に立ったな」
「そうね……でも、家事をさせられないのは面倒ね。生きてれば、額は減るけど慰謝料も貰えて、家事もバイト代も続いたのに」
「そうだな。長期的に見るとやっぱり役立たずだな」
「ええ。本当に駄目な子」
そんな話をしていた両親は、最低限の葬式をした後、姉の亡骸を共同墓地に納めた。彼は長男であり一人息子なので今後、姉まで管理せずに済むのはありがたかった。
ただ、姉は料理はそれなりだったので、母の料理だと不味くはないが物足りなかった。だから今までは、姉のことを知られるのが恥ずかしくて、告白されても誰とも付き合わなかったが、大学進学を機に同級生と付き合うようになった。
しかし、一人暮らしをしていた恋人の家に行き、その手料理を食べたところで彼は固まった。
(え、不味い)
オムライスが出されたが、卵は固いし炒めた筈のチキンライスは、ベシャベシャして脂ぎっているだけだ。口直しにスープを飲むが、これはこれで味が薄いし何の具も入っていない。
「ごめん。料理苦手なら、そう言ってくれれば……外食にしたよ?」
「え」
無理をさせたと思い、気づかって声をかけると恋人は何故か絶句した。
その後、食事だけではなく家の掃除や食器についても気になり、やんわりと指摘すると──恋人から、別れ話を切り出された。
(何だよ。面倒臭いな)
良かれと思って言ったのに。そう思った彼は、次の恋人とはデートはしたが、相手の家には行かなかった。結婚したら家に入るのだから、その時に母に家事を仕込んで貰えば良いと思ったからである。
しかし親に紹介したところで、またしても恋人から別れ話を切り出された。
「駄目、無理」
「……えっ?」
「あなたの親、何で私が大学卒業したら結婚して、家庭に入ると思ってるの? って、親だけじゃないか……黙って聞いてたんだから、あなたもそう思ってるってことよね?」
「あ、ああ」
「親に会うまでに、そういう話をしてこなかったのは私が悪かった。でも、話してないんなら親に便乗して話進めるんじゃなく、あとで二人で相談するって言うべきじゃないの? うん、無理。さよなら」
喫茶店でそう言うと、彼女は二人分のレシートを持って一人店を後にした。
……もしかしたら、姉レベルに料理や掃除をして、黙々と家事をする女性と言うのは珍しいのだろうか?
遅れ馳せながら気づいた彼に、更にとどめを刺したのは大学を卒業し、就職した頃に行った同窓会だった。移動して座った席の、隣にいたクラスメイトから言われたのだ。
「見た目マトモなのに、やっぱりヤバかったんだね」
「は?」
明るい色の髪と小麦色の肌。好みではなかったが、華やかなタイプの美人だ。けれど、その目は冷ややかに彼を見ている。
「わたし、アンタの元カノと友達なの。何か、すごい誰かと比べられるって落ち込んでたけど……亡くなったお姉さんだよね? そりゃあ、あれだけ可愛くて頭良くて料理上手なら解るけど」
「……可愛い? 頭が良い?」
「え、何? 可愛かったじゃん。服はシンプルだったけど、顔が良いから何か朝ドラヒロインみたいだったし……わたしのお姉ちゃんが同級生だったけど、勉強も学年上位だしお弁当もいつも美味しそうだったって聞いてたよ? それなのに進学しなかったし、何かスーパーとかホテルで働いてるし、アンタばっかり良い服とか靴だったから。この現代社会にアンタのお姉ちゃん、大昔の昼ドラみたいにいびられてるんだって言われてたよ」
「なっ……」
知らなかったこともあったが、それより引っかかったのは『言われていた』ということだ。そんな彼の考えを読んだように、クラスメイトが言葉を続ける。
「三歳差だから中高は同じ学校にならなかったけど、小学校は一緒じゃん? あと、わたしみたいに家族がお姉さんの同級生とかだと、アンタもアンタの家族もヤバいって言ってたよ? まあ、お姉さん死んでるから知る人ぞ知るって感じではあるけどね……アンタの元カノにも言ったけど、アンタの見た目に騙されて、何か誤解があるって聞いて貰えなかったんだよねー。だから、別れた時は謝られたわ」
そんな訳で今後、別の友達がアンタの毒牙にかかるようなら、全力で止めるから。
そう話を締め括ると、クラスメイトは彼から離れて友人らしい女性達のところへと向かった。
(……俺も親も、ヤバい?)
呆然とそれを見送り、二次会には行かなかった彼は──もうすぐ三十歳になるが、現在も独り身である。




