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004:腐った女とノンデリ男の出会い

 昼時の王都内。

 人が疎らな道を歩きながら、大きく欠伸を掻く。

 朝早くにたたき起こされて、今の今まである男に付き合っていた。

 昨晩の緊急依頼の件であり……眠いったらありゃしねぇよ。

 

「はぁぁぁ、話がなげぇよなぁ。たくよぉ……だが、報酬はたんまりだ! はは!」


 小袋に入れられた金貨と銀貨。

 一マルク金貨が二枚に十マルク銀貨が五枚。

 枚数にしてみれば少ないように思えちまうが。

 この世界での金貨の価値もやっぱり高いようだった。

 これ一枚だけで一月で生活しようとすれば普通に出来るといえばそれなりだろう。

 それが二枚に十マルク銀貨が五枚もだ。

 これなら、今月分の酒代や飯代は何とかなりそうだな。


「にしても、緊急依頼一つでこれだけ稼げるとはな……やっぱり、ランクは上げた方が良さそうだな」


 袋をポケットに入れる。

 現在は組合所から離れて街を散策していた。

 今の今まで、ずっとマスターであるアインのおっさんに状況の説明を求められていた。

 何度も何度も説明してやったのに、おっさんは俺の説明が雑過ぎると怒っていた。

 そんな事を言っても、沢山のヘドロみたいなもんをだらだらと流す化け物と凶化したブラッド・ベアを倒したで伝わるんじゃねぇのか?


 やれ、どんな攻撃手段だったのかとか。

 やれ、どんな動きや連携だったとか。

 やれ、本当に一人で倒したのかとか。

 やれ、ヘドロの怪物は溶けたというが――あぁもぉぉ!


 思い出しただけでも胃もたれする。

 朝っぱらから呼び出されて、現場にまで足を運んで。

 そこから長々と口頭で説明しても納得せず。

 事もあろうに神に纏めてくれなんて言うもんだから、俺は報酬だけ受け取ってさっさと逃げて来た。

 報告が大事であることはすげぇ分かるよ。

 だけど、俺みたいな学の無い人間に完璧な書類を求めたって意味はねぇよ。

 そんなのは猿に滝を泳いで登れと言うもんだ……いや、俺は猿じゃねぇけどな!


「……て、俺は何考えてんだ。はぁ…………まだ来るのか?」

「……」


 俺は足を止める。

 そうして、徐に後ろを振り返った。

 しかし、そこには買い物かばんを持つ主婦や散歩をする老人くらいしかいない。

 大通りでは無いから人の動きもすぐ分かるが……見えてんだよなぁ。


 上手く隠れたつもりなんだろうが。

 店の立て看板に一人。そして、置かれたベンチに一人。

 雑談をしていた夫婦の中に紛れている奴に、体を丸くしてオブジェになりきっている毛玉に……まぁ四人か。


 コソコソと隠れながら俺を尾行してやがる。

 それも組合所から逃げてきてからずっとだ。

 何が楽しくて野郎が野郎のケツを追い掛けるのか。

 俺には全くと言っていいほど理解できないぜ。


 俺は大きくため息を吐いてから再び歩き出す。

 そうして、くるりと方向を変えて路地裏に入る。

 人気の無い場所であり、細い一本道だ。

 俺はその中に入ってから、大きくその場から跳躍した。

 そうして、窓のヘリを掴みながらよじ登っていく。


「よっと……来た来た」


 屋根の上から観察する。

 すると、ぞろぞろと路地裏に入ってきやがった。

 キョロキョロと路地の中を見て焦っている様子だ。

 

 やっぱり野郎しかいないじゃねぇか……それにしても、見覚えがあるな。


 眼鏡を掛けた小太りの男とひょろ長い長髪の男。

 そして、体に合って無さそうなフルプレートの鎧を着こんだ男に……アレは獣人か。


 ふさふさの灰色の体毛に、丸っこい体をしている。

 耳は短く長い三本の髭が左右に生えていて、恐らくは猫系だろう。

 まるで、統一感の無い奴らであり、足を止めて話し合いを始めた。


「おい、何処に行ったんだよ」

「知らねぇよ! お前がもっと距離を取ろうなんて言うから」

「このままだとアリスちゃんに失望されるぞ! 早くアイツを追おう!」

「……でも、本当にアイツはアリスちゃんの下着を盗んだ犯人なのかな? アインさんに挨拶してたし、まだ来て日は浅いんじゃ」

「馬鹿野郎! アリスちゃんの怯えた表情を見ただろ! それに、アイツがあの時にアリスちゃんに言った小便を漏らすなって言葉はきっと犯行予告だったに違いない! アイツが今、王都を賑わす変態野郎で間違いねぇ! このまま放っておけばまたアリスちゃんが……っ!」

「そうだ! きっとあの挨拶は偽装で、本当は前から此処にいて。アリスちゃんを狙って組合に……俺がぶん殴ってやる!」

「お、俺も! あんな悪人面の変態なんてけちょんけちょんにして時計台に吊るしてやるぜ! くそ早く殴りてぇな!」

 

 男たちの会話を聞き頷く。

 大体の事情は分かった。

 そのアリスとやらが何故か、俺を変態下着泥棒に仕立て上げたみたいだな。

 そして、まんまと騙された男たちは俺を尾行し証拠でも掴むか脅して二度と近づかないようにしようとしていたようだ。


 なるほど、なるほどなぁ……面白れぇな。

 

 高笑いをする愛すべき馬鹿共。

 俺は屋根からすっと飛び降りた。

 

 俺は奴らの背後に着地する。

 すると、男たちは音にびくりと反応しゆっくりと振り返って来た。

 俺は満面の笑みを浮かべながら、近くにいた男たちの肩に手を置く。

 奴らはだらだらと滝のような汗を流して笑みを引きつらせていた。


「うんうん、お前たちの事情はよぉぉく分かったぜ……よし! 行こうか!」

「え、ええっと……ど、何方に?」

「それは勿論――そのアリスちゃんとやらの所だな」


 俺は怖がらせないように笑みを深める。

 目を細めて笑ってやれば、奴らは顔を青くしていく……逆効果だったか?


「お、お前なんかぁぁぁぁ!!!」


 太った眼鏡の男が剣を抜く。

 そうして、仲間諸共俺に斬りかかって来た。

 仲間たちは慌てふためいていて、俺は肩を掴んでいた獣人と長髪の男を奴に飛ばす。

 三人は派手にぶつかり、そのまま倒れて転がった。

 俺の足元には剣が転がって来た。


「く、クソ野郎がぁぁぁ!!」

「……よっと」


 足で剣を上げて、回転し蹴り飛ばす。

 フルプレートの男は胸を剣の切っ先で小突かれる。

 そうして、よろよろと動いて亀のように後ろに転がった。

 必死に藻掻いているが自力では起き上がれないだろう。

 そんな奴を見ながら、くるくると回転して戻って来た剣の柄を掴む。

 

 あまり切れ味の良さそうではない剣を握りぽんぽんと肩を叩く。

 そうして、俺は怯えている男たちを見ながらにこりと笑う。


「連れてってくれ。多分、お互いに誤解があるぜ?」

「ご、誤解だって!? 嘘だ! お前は理由をつけてアリスちゃんを襲うつもりで」

「だったら、縄でも何でも掛けろよ。抵抗しねぇからさ」

「……ほ、本当か?」

「あぁ別に、喧嘩しに行く訳じゃねぇし……だが、俺にも用事があるからな。誤解が解けたら帰らせてもらうからな」


 俺は両手を前に突き出す。

 すると、奴らは集まってひそひそと会議を始めた。

 俺は暫くそれを見つめて、納得した奴らは俺の手から剣を受け取り。

 ロープを持っていた獣人が俺の両手を拘束した。


「あ、あのぉ……ほ、本当に違うんですか?」

「馬鹿! 話しかけんな!」

「いや、でも」

「……あぁ多分な。だって俺、この王都に来たのは昨日の昼頃だし。実を言うとそのアリスちゃんってのも知らねぇ……どんな奴なんだ?」

「「「「…………」」」」


 男たちは固まっていた。

 俺の目を見れば何となく分かってくれると思ったが……本当に騙されていたみてぇだな。


 奴らは俺が声を掛ければハッとする。

 そうして、互いに顔を見合わせてから申し訳なさそうな顔をしてロープを引っ張っていった。

 今の言葉で、何となく俺への疑いは晴れただろう。

 後はそのアリスちゃんとやらだが……面倒くせぇなぁぁ。




「こ、此処にいると思います」

「おう。あんがとよ」


 ロープを持っていた男が俺に教える。

 そこは大きな平屋のようで。

 王都の中でもそれなりの大きさの家だと思う。

 貴族の屋敷ってほどではないが、中々に立派だ。


 中からは小さくカンカンと金属を叩く音が聞こえてくる……家じゃないのか?


 よく見れば煙突らしきものが何本もある。

 家というよりは鍛冶屋の店か……にしては看板がねぇな?


 俺が不思議そうにそれの外観を眺めていれば、男は気まずそうに声を掛けてくる。

 俺は彼に謝りながら、さっさと入ろうと伝えた。

 彼はホッと胸をな撫でおろして扉をノックする。


《トマトに》

「チーズとベーコン」

「……?」


 扉をノックすれば微かに声が聞こえて来た。

 それに男が小声で返事をすると、ガチャリとロックが解除される。

 俺はどんな魔法かと尋ねれば、魔道具の一種だと教えられた。


「最近は鍵の扉よりも、こういう暗号で開く扉が便利らしいですから。はい」

「へぇ、そうなのかぁ。すげぇな!」


 俺は目を輝かせながら開いた扉を見つめる。

 そうして、建物の中へと入っていった。


 中を見れば、無数の武器や防具が飾ってある。

 中々にいい品ばかりであり、どれもピカピカに磨かれていた。

 掃除も行き届いていて、良い店じゃないかと思っていた。

 そうして、カウンターの方に目を向ければ……アイツは……。


 パリパリと薄く平べったい黄色の何かを食べる女。

 その両耳には耳あてのようなものをつけている。

 見ればそれから紐のようなものが伸びていた。

 紐を辿れば、透明の箱に入れられた青い魔法石らしきものがあった。

 上下に黄金のような針が伸びていて、中の“魔法石”がゆっくりと回転している。

 女は俺たちに気づいていないようで、パラパラとカラフルな紙の束を捲っていた。


「あ、あのぉ。アリスちゃん」

「……ふふ」

「あ、アリスちゃーん……き、聞こえてない」


 男たちは困り果てていた。

 肩に触れる事も許されていないのか。

 男たちは互いに顔を見合わせてどうしようかと目で語っていた。

 完全に無視されているようで……手伝ってやるか。


 俺は女の前に立つ。

 そうして、大きく息を吸い――


「おおおおぉぉぉぉぉぉいいいいいぃぃぃぃぃぃアリスぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!!!」

「うわきゃあああぁぁぁぁ!!!?」


 びりびりと空気が激しく振動するような大声。

 男たちは思わず両手で耳を塞いでいた。

 俺の声に驚いた女は、そのまま椅子を後ろに倒して派手に転がる。

 その拍子に紐も不思議な魔道具から引き抜かれて、何やら色っぽい男たちの声が響いた。


 

《いけない子猫ちゃんだ。悪い子には――お仕置きが必要だな》

《あぁ、ダメです。王子、そこ、は!! うあ!》

「「「「…………ぇ」」」」



 男たちは氷りついたように固まった。

 まるで、この世の終わりとでもいうような顔をしている。

 アリスとやらは慌てて立ち上がりながら、必死に口を開け閉めして手を忙しなく動かす。

 俺は意味不明な事を言う不思議な箱を見つめて言葉を発した。

 

「はぁ? 何言ってんだお前」

「――あ、あああ、あああああああぁぁぁ!!!」


 女は湯気が出そうなほどに顔を真っ赤にしていた。

 ぐるぐると目が回転しているように見える程に慌てている。

 そうして、バタバタと手を動かしながら透明の箱の上部の突起を急いで押す。

 すると、謎の男の声はぱたりと止み、中の魔法石の回転も止まった。


「はぁ、はぁ、はぁ……ち、違うの! 皆これは、えっと……そう! 男の人たちの友情を勉強しようと思ってね!」

「何言ってんだ? 男のダチに子猫ちゃんなんて言わねぇだろ」

「そ、それは! 子猫っていう名前でぇぇ!!」

「お仕置きって何だよ。後、何で喘いでたんだ? 俺にはさっぱりだぜ」

「――ッ!!!」

「「「「…………」」」」

 

 男たちを見ればだらだらと汗を流していた。

 何か知っていけない事を知ってしまって、その足は一歩後退していた。

 俺はもっと詳しく教えてくれとアリスに説明を求めれば、奴はぎろりと後ろの男たちを睨む。

 まるで、人を殺してきたプロの目であり、俺はすげぇと思っていた。


 すると、男たちがハッと正気に戻る。

 そうして、互いに視線を合わせながら早口で言い始めた。


「おおおお、俺たちそういえば用事が!」

「おおお、そ、そうだったぁ! いいい、急がないとぉぉ!」

「あああ、あり、アリスちゃんごめんなさぁぁぁい!!」

「ひ、ひいいいぃぃぃ!!! 俺は何も知らないからぁぁぁ!!」

「待って!! 待ってよ!! 待てやこらぁぁぁぁ!!!」

「あ、おい。何処に行くんだよ……あぁ行っちまったな」


 男たちは扉を開けて飛び出していってしまった。

 俺はどうしたんだろうなとアリスと呼ばれた女を見る。

 アリスは手を必死の伸ばした姿勢のまま絶望の表情を浮かべていた。

 そうして、だらりと手と顔を下げてしまう。


 よく見ればやっぱり男たちにちやほやされていたあの金髪の女だった。

 片方で結んだ髪に、今は涙目の青い目。

 身長は俺の肩くらいであり、今日はあの時の赤い軽装ではない。

 ラフな白いシャツに黒いズボンと緑色のエプロンを掛けている。

 

 マジマジと見ていればアリスは唇を固く結びながら拳を握ってぷるぷると震えていた。

 俺はアリスを見つめながら、彼女の体調を心配した。


「どうしたぁ? 下痢か? 腹がいてぇなら医者に」

「死ねぇぇぇ!!!」


 女が俺の顔を殴る。

 カウンターに身を乗り出してまで放たれた拳は中々にいいものだった。

 俺はそれを諸に受けながらも、何をするのかと女を見る。

 女は顔を真っ赤にしながら、早口で捲し立てるようにしゃべり始めた。


「どうすんのよ!! 折角、今まで私が築き上げていたイメージが崩れちゃったじゃないのぉぉ!! これから先ずっと腐った女だって言われるのよぉぉ!! もう二度とアイツらは私に何もしてくれないわ!! どうすんのよ!! ねぇどうすんのよぉぉぉ!!!」

「あぁ? いや、よく分かんねぇけどさ……ま、頑張れ!」

「ムキィィィィィ!! 責任!! 責任取れぇぇぇ!! 今すぐ慰謝料を払えぇぇ!!」

「はぁぁ? いや、そもそも俺は何もしてねぇだろ。それに、俺は誤解を解きに来ただけだ!」

「誤解!? 誤解って……誤解……ん? ……いや、ちょっと待って、アンタは……っ! あの時のノンデリ男ッ!!」

「のんでり? 何だそれ。美味いのか?」


 アリスは俺を指さしながら震えていた。

 俺は美味いもんがあるのなら教えてくれと伝える。

 すると、奴は表情を変えて何やら邪悪そうな笑みを浮かべた……すげぇ嫌な予感がする。


「……いいわ。この際、アイツらはもうどうでもいいわ。あんまり役にも立たなかったし……アンタ、この私アリス・イングラードとパーティを組みなさい!」

「――え、嫌だ」

「そ、即答! こ、この私の誘いを、あろうことかこんな女に縁の無さそうな極悪人面が……そう、そうよね。行き成りの事に戸惑ったのよね! いいのよ、気にしないで! 私は童貞であろうとも平等に接するわ! だから、遠慮せずにこの私のパーティに入りなさい!」

「えぇ、面倒くせぇよ」

「……っ!!」


 女は何度も俺をパーティに誘う。

 俺はぶちりと縄を引きちぎり、唖然とする女を見ていた。

 まるで、この世の真実を知ってしまった猫のような顔だ。

 これはこれで面白いと思っていれば、奥の方から怒鳴り声が聞こえて来た。


「おい、アリス! ぎゃあぎゃあ騒がしいぞ! まぁた苦情が入るじゃろうが!」

「ご、ごめん! で、でも、この男がぁ!!」

「……うあ? 友達……ではないな。客かの?」

「ん? いや、俺は……あ、でも剣は欲しいと思ってたな……安売りでもいいから何かねぇか?」

「……なんじゃ。金無しか……だったら、そこの箱のものを……ん! いや、お前さん!」


 奥の方から出て来た小さな髭のおっさん。

 分厚いグローブに鍛冶師らしきスタイルで、その手には使い込まれたハンマーを握っていた。

 その体はかなり鍛えられていて筋骨隆々だ。

 いい体だなぁと思っていれば、おっさんは俺の方にずかずかと近寄って来た。

 そうして、べたべたと体に触れて掌を見て来た。


「……うむ。良き体に、良い剣士の手をしている……久々の上客じゃ! 金は後でもいいから、見ていきなさい!」

「お? そうか。なら、遠慮せず」

「ちょ、ちょっとお爺ちゃん!? 何言ってんのよ! そいつはただの馬鹿で」

「うるさい! 儂の目に狂いはない! この男はきっと良き剣士……いや、歴史に名を遺す大剣豪も夢じゃない!」

「は、はぁ? いや、あり得ないから! ノンデリがなれる訳ないから!」


 爺さんとアリスは喧嘩を始める。

 俺はそんな二人を無視して、適当に飾ってある剣を見ていた。

 どれもこれも良い品だが……アイツを思い出すな。


 前世の俺が使っていた剣。

 随分と長く使っていたそれはこの世界にはない。

 俺にとっては扱いやすく、無茶をしても付き合ってくれる名剣だった。

 昔を懐かしみながら、俺はまたアレくらいの剣に出会えたら最高だなと考えていた。

 後ろでは喧嘩が盛り上がっていて、つかみ合いにまで発展していったが、俺は気にせず剣を眺め続けた。

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