003:当たっちまった予感
風となり大地を駆ける。
真っすぐにあの森を目指しながら全力で駆けて行った。
恐らく、アインのおっさんは王国騎士団にも連絡している筈だ。
凶化という現象は、そうそう起こるものじゃない。
素質のあるモンスターが強敵を倒した時にのみに起こる半覚醒のような状態だ。
低級のモンスターであろうとも、一気に中級ランクまで力が上がる程であり。
俺の考えが正しければ、ブラッド・ベアが凶化したのなら中級の上位……いや、上級にまで至っている可能性もある。
もしも上級ほどの力をつけていれば危険だ。
最寄りの村は確実に襲われて、奴らが行こうものなら白鷺の枝では追い払えない。
あそこにいる警備兵でも太刀打ち出来ないだろう。
「……間に合わせろ!」
更に速度を上げる。
道を疾走しながら、俺は視線を前方に向けて――!
村が見えて来た。
しかし、明らかに様子が変だった。
夜だと言うのに明るく。
もくもくと煙が上がっている。
それも単純な煙ではなく、黒煙であり……遅かったか!
村が襲撃者によって襲われている。
遠く離れていようとも血の臭いはすぐに分かった。
俺は一気に加速しながら、ぐんと近づいた村の冊を一歩で超えていく。
そうして、村の中に入れば悲鳴が聞こえて来た。
真っすぐに民家の合間を縫って移動し――襲われそうになっている女が視界に入った。
俺は足を止める事無く一気に跳躍。
大口を開けながら、無数の牙をちらつかせるそいつの胴体を蹴り飛ばす。
メリメリと音を立てて俺の足がめり込んで、怪物はそのまま錐もみ回転をして吹っ飛ぶ。
ガラガラと民家の壁を突き破って沈黙した敵。
俺は涙を流しながら震えて動けない女に手を貸した。
「大丈夫か? 他の奴らは」
「み、皆、食べられて……私の夫も、子供も……っ!!」
「……よく頑張ったな。すぐに助けが来る。安全な場所はあるか?」
「……ち、地下の倉庫なら」
「よし、それじゃそこに隠れてろ。モンスターは俺に任せてな。さぁ」
俺は女を背負う。
そうして、女の案内の下、その地下の倉庫がある入口に走る。
チラリと見れば、あのモンスターが倒れている瓦礫がガタガタと揺れていた……生きていやがるな。
先ずは、住民の避難が先だ。
そう思い、避難先まで連れて行く。
扉を開ければ、既に何名かが入っている。
女は少しだけ安心できたようで、俺に礼を言ってから中に入っていく。
「待ってください……これを」
「……ありがとよ」
中に入っていた負傷した兵士。
片腕が切断されていて片目も潰さされていたが。
処置をしているお陰で生きているそいつは、持っていた剣を俺に渡す。
武器を持たないままでは危険だと判断したんだろう。
俺は彼に礼を言ってから扉を閉めて、怪物たちのもとへと急いだ。
村の中心へと戻れば、気配を無数に感じた。
村のあちこちから殺気を感じて――何かが飛ぶ。
勢いよく飛んだそれは俺に目掛けて突っ込み。
俺はそれをバックステップで回避した。
土煙が舞い上がり、モンスターが腕を振るいそれを消し飛ばす。
凄まじい風圧を感じながら前を見れば……やっぱりかよ。
「グウゥゥゥッ!!」
「……何でなんだよ」
目の前にて牙を剥きだしにだらだらと涎を垂らすモンスター。
黒色の体毛は所々血を吸い上げて赤く変色し。
平均的なブラッド・ベアよりも三倍はあるほどに体が大きくなっていた。
そして何よりも大きな変化はその肥大化した腕であり、そこには人間の血が滴り落ちていた。
パチパチと炎が燃え盛り、ゆらゆらと揺れる火の光に晒されて。
ブラッド・ベアの瞳が激しく揺れ動いている。
その瞳にはもう理性は残っていない。
完全に人を襲うだけの獣に成り下がっていて、あの時の優しい表情は一切ない。
しかし、こいつの顔を見た瞬間にあの熊吉であるとすぐに分かった。
俺はどうしてこんな事になっちまうのかと考てしまう。
しかし、熊吉はそんな俺の思考すら許さない。
天高く咆哮を上げれば、ぬるりと他のモンスターたちが集結する。
その体はヘドロのようにドロドロで、クモのような足と体に人間の体がついているような姿だった。
先ほど村人を襲っていた奴と同じであり、クモの部分の大口がガバリと開いていた。
「……俺の責任だな……ケジメはつけるぜ」
ゆっくりと鞘から剣を抜く。
きらりと光りを反射するそれは人を殺す輝きを持っていた。
俺は覚悟を決めて、奴を楽にさせる為に戦う事を決めた。
一度目は見逃した。
あの時のお前の目からは確かな優しさを感じたからだ。
しかし、今のお前の目にはそれはない。
自分の考えが間違っていたとは思わない。
だが、お前たちが村人たちを襲ったのは事実だ。
俺が殺さなかったことで招いた結果だって言うのなら――俺がケジメをつける。
ブラッド・ベアは咆哮を上げた。
その瞬間、奴の周りにいた二体のモンスターが襲い掛かる。
俺はゆっくりと剣を下げて腰を屈めて――移動する。
瞬きの合間に、奴らの前から消えた。
瞬間、俺の剣からは奴らの体液と思わしき黒色の何かが滴り落ちて――ずるりと体が崩れ落ちた。
べしゃりと液体化して地面に溶け込んだ敵。
それを一瞥してから、もう二体は民家の屋根に上がり体液を吐いてきた。
打ち払おうと考えて――後ろに飛ぶ。
べしゃりと地面に掛かったそれ。
ジュワリと音を響かせて地面がズクズクに溶けてしまった。
恐らくは、奴が体内で練り上げた溶解液だ。
毒ではなく溶解液というのは中々にえげつないな。
――体外に放出するまでは無害。放出すれば溶解液になるタイプだな。
冷静に分析しながら、奴らが連続して放つそれを躱していく。
バックステップに横へと飛び。
着地を狙えば、剣を地面に当てて高く飛ぶ。
空中で回避できない俺に向かって放たれたそれは、体を無理矢理にねじって避けた。
そうして、剣の地面に再び打ち鳴らして強引に横へと飛ぶ。
民家の壁を大きく凹ますほどに力を加えて――蹴り上げる。
そのまま民家に上にいた化け物を――斬る。
化け物が溶解液を飛ばす瞬間に、それを紙一重で避けてそのまますれ違いざまに斬る。
奴の体はずるりとズレてそのまま地面にぼとりと落ちて絶命した。
残る一体は焦りながら、溶解液を所かまわず放つ。
俺はそれを最小限の動きで躱して……何だ?
怪物の攻撃を避けながら、ブラッド・ベアを見る。
先ほどから仲間に攻撃させるだけで自分は攻撃してこない。
明らかに妙であり、何故なのかと見て――!
「ウウ、ウウウウウ――ッ!!」
「熊吉――っ!」
明らかに苦しんでいる。
理性が無くなったと思っていたが。
まだ辛うじて残っていた。
アイツは俺へと攻撃せずに、必死に抵抗していた。
まるでその姿は、誰かの言葉を聞かない為に耳を塞ぐような動きをしていて……まさか。
怪物の攻撃を避け続けた。
すると、痺れを切らした奴が跳躍し襲い掛かって来た。
口を大きく開けて俺を丸のみしようとして――刺突。
連続して剣を突き放つ。
その瞬間に、奴の体には無数の穴が開いた。
最後に一発、魔力を込めて放てば奴の体は大きな風穴を開けて消し飛んだ。
べしゃべしゃと残骸をまき散らしながら溶けていった最後の怪物。
それを見てから、俺は熊吉の前に立つ。
「熊吉! しっかりしろ! お前はこんな事したくないんだろ!? 何があったんだ!」
「ウウウウゥゥゥ!!」
俺は必死に熊吉に声を掛けた。
もしも、もしも理性が戻る可能性があるのなら――それは間違いだった。
――“鈴の音が鳴り響く”。
一回。たった一回の鈴の音だ。
それが響いた瞬間に、熊吉の目は真っ赤に輝いた。
奴は天高く咆哮を上げて、その体の中から別の手を出現させた。
熊吉のもんでははない。
長く伸ばした人間の骨のような手で、それはあの怪物たちのように黒いヘドロようなものを纏っていた。
完全に熊吉の意識が消失した。
それと同時に俺は確信する。
「お前をこうした奴がいるんだな」
何故、こんな森の中にいる熊吉を狙ったのか。
それは分からないが、熊吉は何かに巻き込まれたんだ。
その結果、熊吉は凶化させられてこんなおぞましい姿に変えられちまった。
自分の意思じゃない。
完全に操られていて……辛いよな。苦しいよな……終わらせてやる。
これ以上、こいつを苦しめる訳にはいかない。
俺とこいつの間には縁もゆかりも無いが。
こいつの事を友達といっていたあの小僧にとってはでっかい存在だったに違いない。
モンスターを人間の子供が友達って言うくらいなんだ。
そんな奴らの絆を引き裂いて、命を弄ぶクソ野郎は――俺がこの手で地獄に叩き落す。
「だから、お前は……安心して眠れよ」
「――ッ!!!」
奴は真っすぐに突っ込んでくる。
目にも留まらない速さで振りかぶられる腕。
それを剣で受け止めれば、凄まじい力が加えられた。
両足が地面に埋まりそうなほどの力で、俺は剣を逸らして奴の攻撃を受け流す。
奴はそのまま全ての腕を使って連続して攻撃を放つ。
全ての攻撃の軌道を読み、それら一つ一つを捌いていく。
空気が激しく振動し、呼吸をする度に熱を感じる。
攻撃を避けながら、俺自身も斬撃を放った。
が、奴の体毛には魔力が流れていた。
甲高い音が響き、剣が弾かれる。
かなりの硬度であり、生半可な攻撃では傷一つつかないだろう。
――アレを使うしかなさそうだな。
奴の連撃を受け流しながら、自らの剣の状態を確認。
奴の暴風にも似た攻撃を受け流し続けて、剣もかなり傷ついていた。
これ以上は限界であり、アレを使えば一瞬でこの剣は砕けるだろう。
チャンスは一度きりであり、このレベルの相手に剣なしでは少々手間取る。
「ガアアアァァ――ッ!!!」
「……っ!」
奴が叫ぶ。
瞬間、奴の腹が縦に割けた。
そうして、至近距離から溶解液が放たれる。
俺は剣を高速で回転させて、それらを触れる事無く吹き飛ばす。
が、その攻撃のモーションによって隙が生まれた。
奴はそのまま肥大化した腕を振るう。
俺は魔力で体を硬質化させた。
振るわれた腕が横から迫り、触れた体が嫌な音を響かせる。
そうして、そのまま力任せの攻撃によって俺は民家の壁を突き破る。
そのまま家一つを貫通し、外の冊まで破壊した。
ごろごろと転がりながらも体勢を立て直す。
奴は大きく跳躍をし、踏みつけるような攻撃を仕掛けて来た。
俺はそれを地面に手をつきながら横へと飛んで回避。
奴の踏みつけてによって地面が大きく揺れた。
まるで、自身であり煙が立ち込める。
奴はそのまま煙から抜け出して猛然と俺に襲い掛かる。
俺は奴を引き付けながら走る。
奴は完全に俺をターゲットと定めて追いかけて来た。
互いに風となり駆けて――跳躍。
再び村の中へと戻れば辺りに炎が広がっていた。
暗闇の中での戦いは俺には適していない。
呼吸はし辛いが、まだここでの戦闘の方がしやすい。
奴は俺の誘いに乗って死角から襲い掛かって来た。
俺はそれを冷静に前へと転がる事で回避。
そのまま燃えている松明を剣で奴へと飛ばす。
奴は煩わしそうにそれを腕で払い飛ばす。
そうして、勢いのままに突っ込んできた。
俺はそれを剣にてガードする。
ガリガリと地面に道を作りながら後退し――奴を蹴り飛ばす。
唾を垂らしながら、奴は体をのけ反らせた。
そんな奴へと攻撃を仕掛けようとして――回避。
溶解液が飛び。先ほどま立っていた場所から煙が上がる。
俺は舌を鳴らしながら、奴から間合いを取った。
中々に攻撃手段が豊富だな。
だが、隙を生み出す事は出来そうだ。
あの溶解液も奴自身は連続して放てそうにはない。
「……熊吉」
……奴の攻撃を通して、奴の怒りと悲しみが伝わって来るようだった。
こんな事はしたくない。
穏やかな生活を送りたかった。
奴の魂がそう叫んでいるように感じて――剣を大きく振るう。
突進してきた奴。
四つの腕を振りかぶり放った四方からの同時攻撃を、俺は全力でもって大きく弾いた。
突風が吹き荒れて、奴の腕は大きく開かれる。
胴体ががら空きであり、俺はそんな奴を見つめながら静かに魔力を剣に流し込む。
薄く薄く――そして、より強く。
練り上げ――刃に浸透させる。
イメージしろ――“飛翔する光の刃”を。
「――閃光」
「――!」
言葉と同時に剣を振るう。
瞬間、俺の剣から放たれた魔力が薄い刃を形成する。
それはスゥっと奴の体を一瞬で通り抜けていく。
奴は完全に動きを停止させていて、俺はゆっくりと剣を下げれば――剣がばらばらに砕け散る。
瞬間、奴の体に斜めの斬り筋が現れてずるりとその体が動く。
奴はそのまま体を地面に転がした。
ゆっくりと奴の腕が動いて俺へと向けられるが、力が抜けてぼたりと転がる。
奴はか細い呼吸を繰り返しながら、何が起きたのかを理解できていなかった。
魔力を流して剣の切れ味を上げただけじゃない。
俺の魔力を奴の体内に流し込み。
その感覚を一時的に狂わせていた。
だからこそ、生きていても体の自由は効かない。
凶化したこいつであれば胴体が分かれても絶対に動くと思っていたからこの技を使った。
俺は奴の顔の前に立つ。そして、膝をつきながら視線を交わした。
「……痛くないようにした……ごめんな。俺はお前を助けられない」
「ウウ、ゥゥゥ……」
俺はゆっくりと奴の額に指をつける。
どんなに凶化しようとも、大抵のモンスターの弱点は心臓と頭だ。
胴体が分かれても生きているのなら、恐らくは脳を破壊しない限り死なない。
俺は指先に魔力を集中させながら、奴に対して謝罪をする。
熊吉はたらりと瞳から涙を流していた。
辛そうではあるが、少し笑ったように見えて――俺は指を刺す。
ずぶりと眉間から打ち込まれた。
指先から流し込まれた魔力が奴の脳に広がった。
そうして、熊吉は少し目を揺れ動かし……静かに瞳から光を消した。
俺はゆっくりと指を抜く。
その血は赤黒かった。
俺は熊吉の両目を閉じさせてから、立ち上がる。
村の入口を見れば、イシダたちが到着していた。
彼らは俺を見つけるなり駆け寄ってきて……言葉を失っていた。
「……わりぃ。疲れちまった……後は任せていいか?」
「……分かった。マスター・アインには俺から伝えておく……お疲れ」
「おう。それじゃあな」
俺はイシダの肩を軽く叩いて去っていく。
他の冒険者たちには地下倉庫に生き残った村人たちが避難している事を伝えておいた。
彼らは俺の言葉を信じて地下倉庫へと向かい……あぁ?
俺の前に誰かが立つ。
それはあの有名人の女であり、ニコニコと笑いながら俺を見ていた。
こいつはポッと頬を染めながらちらちらと俺を見上げてくる。
「とっっってもお強いんですね。私、貴方みたいな逞しい人が……あの、良かったら私と」
「わりぃ。疲れてんだわ。話ならまた今度にしてくれ」
「……っ! ちょ、ちょっと!」
女を押しのけて歩いていく。
何か言いたそうにしていたが、どうせ今関係ある事じゃねぇだろ。
「じゃあなぁ。あ、血を見て小便漏らすなよぉ」
「――ッ!!?」
後ろの方で声が聞こえる。
金切り声のようであり、周りの取り巻きたちが狼狽えていた。
地団駄を踏む音も聞こえていた。
俺はそれを無視して欠伸をする。
……この世界でもきなくせぇ事する輩はいるんだな……あぁやだやだ。
心が沈む事も怒りで我を忘れる事も無い。
明日になれば忘れているだろうからな。
ただ、こんな悪趣味な事をする野郎については許す気は無い。
もしも、会ってしまったのなら、その時は顔面が三倍になるまで殴ってやるさ。
「……あ、でも、緊急依頼を達成できたし……ランクアップできるかなぁ?」
俺は頭の後ろに手を当てながら呑気な事を考える。
空を見上げればまんまるとした月が浮かんでいて。
遠くの方では獣の遠吠えが聞こえていた。
俺は危ない筈の夜道を鼻歌を歌いながら歩いていく。
「……お? アレは……全くおせぇなぁ」
遠くに視線を向ければ武装した一団が馬に乗って向かっている。
まだ豆粒ほどの大きさにしか見えないそれら。
恐らくは、色々と面倒くせぇ手続きとか報告をしてやっとこさ腰を上げたのか。
“入念な”準備を整えてやってきた騎士団だろうな。
その先頭にはマスターもいて、俺はふわりと欠伸をしながら明日の朝飯について考えた。




