事件簿5「木材加工工場で放火事件!?」解決編
「工場長さん。彼を連れて行く前に、もう一度現場を確認させていただけませんか?」
「は? なんでそんな必要が」
ヘレンの言葉に工場長が怪訝そうに尋ねる。
彼にしてみれば厄介ごとはさっさと衛兵に押し付けて、すぐ片付けに入りたいのだろう。まったくもって経営者の鑑だ。もちろん、見習う気は起きないけれど。
「必要、あるんです。ね、フランお嬢様」
ヘレンの言葉にとまどいながらも、調子を合わせることにした。
「ん、え、ええ。申し訳ないけれど、もう一度見せていただけるかしら」
私が願い出るとしぶしぶといった様子で私たちを再び現場へと案内をはじめた。さすがに領主の孫娘の言葉は無下にはできない、といったところか。
道すがらヘレンを見れば、彼女は軽くウインクを返してきた。何か考えがあるのだろうか。
今回は正直手がかりが薄い。事件にせよ事故にせよ、なにかしらの痕跡があるものだけれど、一通り見た限りではなにが理由かはっきりとしないのだ。
こんなことは本当に久しぶりだ。いやな感触だ。
現場は近いのですぐに戻ってくることができた。
焦げたおがくずの山を前にして、腕組みをした工場長はいらだちを隠さない。
「お嬢様、申し訳ないですが手早くお願いできますかな。衛兵の方々を待たせるわけにはいかないので」
「ええ。そんなに時間は取らせないわ」
って言っちゃったけど大丈夫かしら。
火気……はない。湿っているから静電気は起きにくい。漏電……は心配ないか。電気を使ってないんだものね。天気も良かったらしいから、落雷の線もなし。
これだと放火と言いたくなるのもわかる……か。
ついヘレンの方をちらりと見る。
彼女はまだくすぶっている様子のおがくずの山に近づくと注意深く見まわす。何をしているのかと思えば、あわせて臭いを嗅いでいるようだった。
やがて「やっぱり」と彼女は何かに納得したかのように頷いた。やっぱり、って何が!?
「ど、どうしたの」
「フランお嬢様。思った通りでした。くさいです」
「は? ……そりゃ燃えたんだもの、臭うのは」
その言葉にヘレンは首をふる。
「そうではありません。燃えた匂いではない臭いがする。そう申し上げているのですわ」
「え? ちょっと待ってどういうこと」
ヘレンは焼け焦げた山に視線を向けると、固い声でつづける。
「このおがくずは、発酵しています」
ヘレンの言葉に、たまらず「えっ?」と声を上げてしまった。
野ざらしのおがくずの山をしげしげとながめる。確かに焦げた匂いとは違う、独特な異臭。いまだに立ち込める白い煙。いやこれは煙じゃない……?
「そういえばこれ、煙じゃなくて湯気ね」
「その通りですお嬢様。確かめてましょう。――すみません工場長さん。スコップを持ってきていただけますか」
工場長がスコップでおがくずの山を掘ると一気に湯気と異臭が立ち込める。
うわっ、と大の男がのけぞるくらいだ。
その様子を見たヘレンは、落ち着いた様子で指示を出し始めた。
「すぐ山を崩しましょう。とりあえず今の山は高すぎます。人の身長くらいの山に崩してください」
どうやら私は今回出番なしだ。なのでさっき見つけておいた、少し離れたところの椅子にぴょんと飛び乗り、足をプラプラさせながら作業が終わるのを眺めることに決めた。
「――ああダメです、底の方からひっくり返すように。え? 使い物にならなくなる? そんなこと言ってる場合ですか!」
彼女の声に従業員がびくりと身体をこわばらせる。きびしい口調のヘレンは珍しい。これはいいものを見せてもらった。
その後もヘレンの指導は続き、従業員たちはあわてて彼女の指示に従い作業を続けるのだった。
小一時間で集積場の整理がおわったようだった。ヘレンが満足げに頷く。
一通りおがくずの山をかき混ぜた工場長たちが、汗をふきふき戻ってきた。
「しかしおがくずが、発酵している……ですか? それは驚きですが、それと火災がどう結びつくのですか?」
工場長は信じられない、といった表情を見せた。無理はない。
「こちらのおがくず、底の方は長年根雪のように放置されたものと聞きました。適度な水分と栄養があれば発酵は起きます。そして、熱を発します」
ヘレンが説明をつづける。
「微生物などの力により分解が進み、温度は更に上昇。そのあとは化学的な反応にとって代わり、発火するほどまで温度が上昇することがあるのです」
「そんなことが。いや、しかし俄には信じ難いですな」
「肥料でも同じことが起こるのです。ですから気づけました」
そう。忘れていた。
化学的な反応で内部温度は五百℃を越える時もあるという。そうなると火災は必至だ。
草刈り後の草を山積みにしたまま放置し、後日ボヤが発生するという事故もたまにあると聞く。
そんなはずない、という事象は存外起こり得るということだ。
そのあともヘレンは丁寧に根気強く説明をつづけ、ついには工場長を納得させるに至った。
反省しきりの工場長に、以下のアドバイスを与え本件は終結となった。
「まずは保管の方法――標準を定めます。そしてそれを守らせてください」
「標準、ですか」
「作業の流れと一つの作業、要素作業ごとの取り決めと判断基準などを定めたものです」
「え、たかがおがくずの保管ですよ? そんなこと」
「たかがそんなことを標準化していなかった結果がこれです! いいですか」
はい、と工場長はうなだれる。
「特に安全面と作業性を考えて、積み上げる高さと山ごとの間隔もしっかり守るように。山の高さは人の身長程度……現場責任者さんの身長くらいがちょうどいいとおもいます。山の間隔は山の高さ以上は開けるように。仮に火が出たとして、隣の山に延焼しないようにするのです」
「わ、私が常に物差しになるということですか」
今度はステヴァンが慌てたように口をはさんだ。
「なにもいつも居ないといけないってわけではないです。あなたの身長の高さと幅で木を切って準備しておけばいいじゃないですか。あなたのお仕事は山の高さを計るだけではないはずです」
工夫をしてください、とヘレンはぴしゃりと言い放った。
「さて。次に引き取りですが、全量引き取ってもらうように調整してください」
「え、いやしかし底の方は」
工場長が慌てて反論する。が、当然ヘレンは許さない。
「なぜできないと決めてかかるのですか。引き取ってもらえるような状態を維持できればいいのです。例えば下から湿気が来ないようにするとか。そうして定期的に全量引き取ってもらうようにしてください」
できない理由を並べるより、どうしたらできるかをまず考えてください。工場長なんですからと付け加える。
今日のヘレン姉さんの舌鋒は冴えわたる切れ味だ。
「わ、わかりましたが……仮にそれが難しい場合はどうしましょうか」
「全量引き取りが難しいのなら、定期的に今日のように天地をひっくり返す、いわゆる切り返しを行うようにしてください」
だからって最初からあきらめないでくださいね、と付け加える念の入れようだ。
姉さん、相当に頭に来ていると見える。
帰り際、冤罪が晴れた男――オッターが私たちに深々と頭を下げた。
「ありがとう。疑いが晴れて本当に助かったよ。……いつも皆には疑われてばっかりだったから、今回はもう諦めていたけど。……初めて信じてくれたアンタたちは、俺にとっちゃ天使と女神様だ」
ほほう? 悪い気はしないけれど……ちなみにどっちが天使で女神様?
「俺、女神様……アンタに惚れちまった。ヘレンさんっていうのかい。よ、よかったらその」
そうか私は天使ちゃんか。そしてオッター君はなにやら舞い上がっておりますね。いいぞ、もっとやれ。見ていて楽しいから。
「んー、お申し出は嬉しいのですけれど、私、あなたのこと何も存じ上げませんわ。それにすでに心に決めた方がおりますので」
「あ、そう……だよな。うん、わかったありがとう。この恩は一生忘れないよ」
おっとバッサリですね、ヘレン姉さん。そしてオッター君。淡白だねぇ。もっと食い下がるかと思ったのに。私は残念だよ。
「フラン様。すっごい底意地の悪い顔してるよ、どうしたの」
やばい。ペトラに心の闇を見られた。しまった。
帰りの馬車の中で考える。
事件は解決した。が言うまでもなく、猛省が必要な結果だ。
いつの間にか、発酵している可能性を除外していた。恥ずかしい限りだ。
思い込みで仕事をしてはいけない。いつも自分が言っている立場なのにも関わらず、先入観を持って事に当たっていた。
今回はヘレンがいなかったらやばかった、さすが栽培担当!
「いやー、肥料にかけては敵なしだね! ヘレンが居なかったら冤罪を産むところだったよ。や、危なかった!」
「ありがとうございます。けれどその褒められ方、あまりうれしくないというか……」
私のほめ方が悪かったのか、ヘレンの反応はいまいちだった。
「ところでヘレン。心に決めた方って……だれ?」
「え? ……それは内緒です」
「なになに、教えてよ。私の知ってる人?」
「……そうですね。身近な方ですわ。いつも元気で明るくて。ちょっぴり変で戸惑うときもありますけれど……うん。とっても笑顔が素敵な人です」
話しながら思い出したのか、頬をかすかに染めながらフワリとした笑顔で答えるヘレン。
あー、もうすっかり恋する乙女の表情ですわ、これ。
えー? 誰だよ、ウチの嫁に手ぇ出しやがって。って出してないか。
まさか……クレス!? とちょうど馬車の隣で馬に乗り、私たちを護衛している彼を見る。私の心境を知ってか知らずか、目が合うとニコリと笑って会釈してくる。
小僧。貴様にヘレンは護れるか?
やすやすとウチのヘレンはやらんぞ。
などと護られている立場では説得力皆無だね。
あとヘレン……ヘレン姉さんは怒らせるとこわい。覚えました。




