事件簿5「木材加工工場にて放火事件!?」課題編
「それで、死者はいないのね?」
「報告によれば、火勢が大きくなる前に避難ができたということです。けが人が少々。いずれも命には別状がないようです」
現場に向かう馬車の中で、ヘレンから説明を受ける。
今回は火災だ。領都の外れにある、数年ほど前に稼働した木材加工工場が現場とのことだ。
火災の知らせを受けたのは一時間前。初報は敷地を歩いていた従業員からの通報。廃材のおがくずが燃えているのを発見。初期消火の見込みがなかったため、直ちに事務所に連絡したという。
しかしリアが居ないタイミングなのが悔やまれる。
リアは実家の用事で先日から不在だ。代わりといっては失礼だけれど、今回はヘレンにも来てもらった。もちろん彼女も農場を運営しているので、カイゼン活動などの知識は持ち合わせている。ただ工場の問題解決となると、リアに一日の長があることは疑うべくもない。
「私が役に立つでしょうか~?」
「大丈夫ですよ、ボクも居ますしね!」
などとペトラと話すその様子をほほえましく眺めていると、あっという間に現場に着いた。
到着した現場は一面黒焦げだった。一時はかなり火勢も強かっただろうことは、ひしゃげた金属の枠を見ればわかる。死者が出なかったのは不幸中の幸いといえた。
私たちが姿を現すと、広場に設えられた天幕から大柄で頑強そうな男と小太りな男があらわれこちらにやってきた。
大柄な方の、のっしのっしという形容詞がピッタリな歩幅を広く取る風体に対し、小太りの方はちょこちょことせわしなく足を動かす。その対比がなんとも滑稽で、危うく噴き出すところだった。
「フランお嬢様。失礼ですわよ」
隣でヘレンがそっとたしなめてきた。わかってるわよ。だから我慢したじゃない。
「これはお嬢様。お忙しいところ申し訳ございません。工場長のデブランと申します。このたびはとんだ不祥事を」
「挨拶は結構。状況を。ペトラはけが人を見てきてくれる?」
揉み手をする工場長と名乗った小太りの言葉をさえぎると、代わりに大柄な方が口を開いた。
「失礼しました。現場をあずかっていますステヴァンと申します。私から説明させていただきます」
火災は本日未明に発生したとのことだ。発生場所は工場外の廃材置き場。そのさい偶然散歩していた従業員が見つけたのだそうだ。
夜中に散歩というのが多少引っかかるが、その従業員のおかげで夜更けの火災であるにもかかわらず、社員が多く暮らす宿舎の近くでの火災にもかかわらず、犠牲者が出なかったといえるのかもしれない。
「で、その従業員を今回の放火の容疑者として拘束しています」
「は? 容疑者? 第一発見者なのでしょう?」
ステヴァンの言葉に、思わず声が裏返ってしまった。
「ええ。我々は通報したオッターが放火をしたものとにらんでいます。もっとも、本人は否定してはいますが」
彼はいたって冷静に言葉をつづった。
「ま、普通否定しますわね」
ヘレンは肩をすくめた。たしかに犯人だろうがなかろうが、否定はするだろう。
「連れてきました」
声をした方を見ると、年配の男が若い男を連れている姿が目に入った。どうやら彼がオッターのようだ。
見ると後ろ手に縛られ、その紐はしっかりと男に握られている。まるで犯人扱いだ。
「工場長さん。確たる証拠が無いのでしょう? いきなり犯人扱いする根拠はなにかしら?」
工場長は肩をすくめると、軽く首を振ってから話しはじめた。
「彼の素行です。とにかく言うことを聞かず反抗する。それに粗暴ときている。つい先日も癇癪を起こして、宿舎の備品を壊していさめたばかりだったのです」
「そ、それはアンタが仕事の失敗を俺に押し付けたから」
「作業でミスがあったのは確かだろう? 周りの者が言っておったぞ」
「だから、そいつがミスったんだって言ったじゃないか」
「まだそんな出まかせを言うのか!」
工場長とオッターが言い争っているなか、現場責任者のステヴァンが話を続ける。
「彼の同僚の話では腹いせに火でもつけてやろうかともこぼしていたといいます。工場長の言い方は極端かもしれませんが、残念ながら疑われても仕方のないことを続けているのです」
火を最初に確認したのがオッター。自分で火をつけたはいいが、思いの外火勢が強くなり、慌てて皆を起こして回ったのだろうというのがステヴァンたち現場の大まかな見解だ。本人は否定しているとのことだが、実際のところどうなのだろうか。
第一発見者の彼のことは気にはなるけれど、まずは現場を観察することにした。
廃棄物置き場では大量のおがくずが炭になり水浸しになっている。一部は焼け残り、いまだに白い煙を立てている。おがくずを集積していた所の隣に位置する建物はすっかり焼け落ち全焼。その隣の宿舎も半焼している。
一目見ただけで大惨事だということがわかる。よく犠牲者が出なかったものだ。
「このおがくず、集積した後どうしてるんですか」
指さした黒く焼け焦げたおがくずの山を一瞥し、うんざりした表情で工場長が口を開いた。
「ああ、使い道がないので捨てるだけです。時折業者が引き取りに来ます」
「引き取りに来てるのですね。てっきり放置しているのかと。地面に接しているところなど、ずいぶん古いもののような気がしたので」
今度は地面に近いところを指さすと、頭をかきながら答える。
「ああ、そうでしょう。連中、燃料に使うようで。乾燥している部分しか持っていかないのです。なので土台部分は長く残ってしまっています」
「なるほど、そういう事情ですか」
水分を吸ってすっかり黒ずんでいるおがくずをしげしげと眺めていると、工場長が話題を変えた。
「現場の確認はこの辺でよろしいでしょうか。さてオッター、もう洗いざらい話してもらえないだろうか」
「洗いざらいもなにも、俺は何もやっちゃいない!」
工場長の言葉にオッターは噛みつくように叫んだ。しかし工場長は涼しい顔で続ける。
「往生際の悪い奴だな。さっさと白状しないか」
「だから何もやってないって!」
たまらず割って入る。こんなんじゃ真相究明なんて夢のまた夢だ。
「まあまあ。まだ彼が犯人と決まったわけではないですし。どうでしょう? すこし、彼から発見時の話を聞いても?」
「お嬢様がそう、おっしゃるのなら」
工場長は、しぶしぶといった表情で引き下がった。
工場長から距離を取るため、準備してもらった天幕に彼をつれてきた。
ヘレンのほかにボディーガードもいる。もし仮に彼が犯人だったとしても後れを取ることはないだろう。もっとも、どうも犯人とは思えないのだけれど。
オッターは落ち着かない様子で周りをきょろきょろ見回していたが、私の視線に気づくとばつが悪そうに顔をそらしつつこちらを見る。
「なんだよ、領主様んところのお嬢様が俺なんかに何の用だよ。どうせアンタも俺が犯人だって思ってんだろ? 時間の無駄さ。お互いにな」
「まあまあ、そうつっかからないの。子供にすごんでもカッコ悪いだけだよお兄ちゃん」
手をひらひらとはためかせながらへらりと笑うと、オッターはムッとした表情を浮かべた。
「うるせっ。誰がお兄ちゃんだっ」
「それに私、お兄ちゃんが犯人だなんて思ってないよ」
「ふん、どうだか」
あ、こりゃ筋金入りだわ。
「ねぇ、ちゃんと昨夜のこと話してくれたら、私が工場長さんに話つけてもいいんだけど」
「……そんなこと言って、結局犯人としての証拠集めしたいだけだろ」
「そう思うのは勝手だけどぉ。ほかにいい手、あるのお兄ちゃん?」
「くっ……わかった、わかったよ。話すよ」
「そうこなくっちゃ。さ、くわしく教えて!」
そこから先が長かった。細かくいうと、夕べの話に入るまでが長かった。
なにせ生まれてこのかたの彼の半生をまるまる聞く羽目になったからだ。ヘレンはすでに虚無の表情を浮かべている。
「……そんなわけで俺、頭わりぃからさ、要領もわるくて。失敗もしょっちゅうなんだ。だから親方……ステヴァンさんにはいつも怒られてばっかりでさ。なんて俺、ダメな奴なんだって。そう考えたてたらいつも辛くて」
「んでグレちゃったんだ。大変だったんだねお兄ちゃん」
「ぐすっ……えぐっ……た、たいへんだったんだねオッター君。苦労してるんだ……」
いつの間にかケガ人の治療を終えたペトラが隣で号泣している。正直いって湿っぽくて鬱陶しい。
「で、昨夜はいつものように夜の散歩をしていたってわけ?」
「ああ。いつもならぐるっと工場の周りをまわって、最後に川べりに座ってしばらく流れを眺めるんだけれど、歩いているうちにいつもと違ってやたら明るいことに気づいて」
「どこが明るかった?」
「廃棄物の集積場さ。そんなこと今までなかったからさ。気になって見に行ったんだよ。そしたら」
「そしたら?」
「もう消せないくらいの勢いで燃えてたんだよ」
「その前にそこに近づいたのはいつ?」
「うーん、最後に行ったのは夕方だ。仕事終わりにゴミを捨てにな」
「その時変わったことは?」
「うーん、いつも通りだったと……いやまてよ。いつもより、そうだな……いつもより煙の量が多かった」
「煙? いつも出てたってわけ?」
「あ、ああ。俺も最初見たときびっくりしてさ。親方に聞いてみたんだけど、そしたら親方、スコップでおがくずの山を崩しだして。けど全然燃えたりなんかしてなくて。『いつもこうだから気にするな』って言われたんだよな」
「燃えていたわけでは、ない?」
「ああ。『また山の形に戻しておけ』ってスコップ渡されて一人で元に戻して。いやあれはきつかった」
そんなとき、天幕に工場長と衛兵が現れた。
「衛兵が到着しました。話はもういいですかな」
「お、俺全部話したぞ、ちゃんと言ってくれよな!?」
オッターはすがるような目でこちらを見つめてくる。けれどまだ最後のピースが見つからない。分が悪いが仕方ない。約束だもんね。がんばってみますか。
「……ねえ工場長さん。物的証拠がない中で犯人扱いするのはいかがなものなのかしら」
「そういわれましてもお嬢様。では誰が犯人なのでしょう?」
私の言葉は工場長にはご不満なようだ。とはいえ放火でない証拠などどうやって見つければよいのか。
「そもそもこれは放火なのかという点も釈然としていません。なにかしらの事故の可能性はないのですか?」
「はっ、事故? 火の気もない場所でどうやって火事が起きるというのです」
「だからこそ彼の言葉を聞いて、周りの従業員にも話を聞かないことには」
「そんな無駄な時間をかけている暇なぞございません。ただでさえ納品が遅れているのに、さらにお客様を待たせることになってしまっては大変だ」
工場長の言葉に、体中の毛が逆立つような感覚を覚えた。
こいつは従業員を、事件の真相究明をなんと心得ているのか。
「無駄な時間? 冤罪かもしれないという大事な局面の調査を、無駄だと?」
工場長は静かにため息を一つ着くと、面倒くさそうに言い放った。
「ここで議論をするよりも、衛兵に取り調べてもらった方がよほど早いとおもいますよ。さ、連れて行って下さい」
残念ながら、私の言葉は彼には届いていないようだ。
「お、俺はやってないって!」
慌てるオッターの言葉に、工場長は聞く耳をもたない。
「犯人はみんなそういうんだ、さっさと連れて行ってくれ!」
ちょっと待ちなさい! と声に出すよりはやく立ち上がり、腕でさえぎる者が。
「待ってください。その人は犯人なんかじゃありません!」
いつになく鋭い言葉を発したのは、ヘレンだった。




