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SS2 私のささやかで大いなる失敗

20万pv達成!

皆さま、お読みいただきありがとうございます。

ささやかながら記念SSとして書きました。

楽しんでいただければ幸いです。

 ――最初に私にかけてくださった言葉は今も忘れない。


「絹糸(きぬいと)のように艶やかで繊細な髪だね。とても素敵だと思うよ」


 老人のようだと散々バカにされた銀色の髪。初めてほめてくれたのが彼だった。

 思えば社交辞令だったのかもしれない。

 そのとき話のネタが無かったから?

 女性をほめる躾がきちんとされているから?


 そう、単なるきっかけ。でもそんなこと、もうどうでもいい。

 その時にはもう、すっかり恋に落ちてしまっていたのだから。



 その時から幼馴染のあの子が気になっていたみたいだった。


 他愛のないやり取りの中でも、それは痛いくらいに感じられた。

 それでも最後は振り向かせられると思っていた。

 そんな自信が打ち砕かれたのは、あのとき。

 そう。あの子を見る、貴方のまなざしを見てしまったとき。


 その時決意した。


 この子。フランツィスカから奪い取ってやる、と。

 狂おしいほどに愛しい私の王子様。ニコラス様を。



 きっと結末は初めから用意されていたんだとおもう。

 でもだからこそ奪いたい、私のものにしたいと願った。


 ――願ってしまったんだ。



 ◇ ◇ ◇



 私の名はファビアナ。ファビアナ・サマンサ・ガメトゥイ。

 ガメトゥイ伯爵家の長女だ。


 家名を名乗ると大体はちやほやしてくる。

 なかには明らかに嘲笑を浮かべた笑みを浮かべ、あるいは妬み嫉みの言葉、不躾な視線をなげつける、そんな連中もいる。


 爵位を金で買った似非(えせ)貴族だとか、金に汚い商売人だとか後ろ指さされたことも一度や二度ではない。


 そのような物言いをする者は決まって没落している、あるいは今にも転げ落ちそうな冴えない家の者だ。


 かくいう我が家もかつては没落していた口だったらしい。それを入婿である私の父が一代で大貴族と比肩するまでに立て直した。

 成金と言われるけれど、それはただのやっかみだ。それらの雑音も、すべて父の能力の高さを証明する材料。彩を添える花に過ぎない。


 私は私の家と父を誇りに思っている。




 フランツィスカに初めて会ったのは、私が十歳になろうかという頃。王宮のなにかの催しで貴族が一同に介した日。貴族の子女たちと中庭に面するサロンで話していたときのこと。


 彼女は確か五つだったか。正直あまり覚えていない。なぜって?


「は、はじめましてファビアナさま。わたくし、フランツィスカと申しましゅ」


 緊張からか、挨拶をかんで顔をまっかにし、縮こまるどこにでもいる幼女。

 いつもの取り巻きと同じ。

 私が彼女、フランツィスカに抱いた感情はその程度のものだった。


 ただ隣でケラケラと笑うニコラス様と、それに対しむくれる様子の彼女に多少のいら立ちを覚える。それくらいだった。


「――カエルの子は所詮カエル、か」

「それなんですの、ファビアナ様?」


 私のつぶやきに、耳ざとい取り巻きの子がたずねてくる。

 ちなみにこの子もカエルの類だ。


「気にしなくていいのよ。ちょっと昔話を思い出しただけですわ」

「そうなんですか。ファビアナ様はいろんなご本を読まれているようで、私たちが知らないことを色々ご存じで。ホント素敵ですわ」

「あら、そうでもないわよ。知らないことも多くてよ」


 例えば、ニコラス様の意中の方のこととか、ね。


「しかしあ(・)の(・)フランツィスカ様。今日もニコラス様と親しくされてらっしゃいますのね」


 みれば彼らはいつの間にか中庭に出て蝶だろうか、何かを追いかけているようだった。

 彼女が必死に追う姿を、彼が指をさして笑う。


 胸にもやり、と重い霧がかかるような気がした。


 最初は少し顔と家が良いだけの、何の取柄もない子だと思っていた。

 公爵である祖父の威光でニコラス様と親しくできているだけ。そう思っていた。実際そのはずだった。


 ――例の計画を、父が実行するまでは。



 ◇ ◇ ◇



「――え、いまなんと」


 父の言葉にティーカップを傾ける手をとめ、向き直る。


「うむ。昨日カイゼル公爵の孫娘が不幸な事故に見舞われた、と言った」

「それは確かなのですか!? そ、それであの子は」


 あの子はもう、と息をのんだ。

 別に気になったわけではない。言うなればゴシップ。日常に降って湧いた非日常の事件を、そう。きっと楽しみたかっただけ。


「先ほど上がってきた報告によれば、意識は無いが生きてはいるようだ」

「そう……ですか」


 ホッとした。同時に残念だという気持ちが沸きおこり、そんな自分に愕然とした。が、直後に思い直した。


 ゴシップの結末としては、少し物足りなかっただけだ。


 それにこのゴシップには続きがあったのだ。ただの事件なら、私も十分楽しめたことだろう。


 その不幸な『事故』が父の手による『故意』だったと知るのに、そう時間はかからなかった。



 ――真実は、楽しむどころのものではなかった。


 我が家がその権勢をさらに広げるための方策として、新たな資金の確保があった。


 もともと我が伯爵領は耕作に適さない土地が多く、麦などで資金を得ることが難しかった。

 これが今まで貧乏貴族に過ぎなかった大きな理由であるが、幸いなことに父の代で良質な鉱山を発見できたため、ここまで盛り返すことができた。


 ここから更に力を得るために、周辺貴族の領土を切り取り、耕作可能な土地を確保しようと考えた。


 真っ先に目を付けたのが隣地のカイゼル公爵領だった。

 あそこの領主は荒事にはめっぽう強かったが内政はそうでもないときく。

 事実商人にいいように丸め込まれ、台所事情は火の車だそうだ。


 資金面で搾りさえすればあとは後継者。

 あちらの入り婿の子爵。気は優しく民衆や商人たちからの受けはいいらしい。

 しかし裏を返せば相手に強く当たれず、相手の主張を受け入れてばかりの気の弱さを持っている。

 控えめにいっても私の父と比べずいぶん精彩に欠く。はっきり言えば愚鈍だ。子供の私でもわかる。およそ人の上に立てる器ではない。


 親が親なら子も子だ。フランツィスカを見ていればわかる。兄のアルフォンゾ、だったか。彼も寡聞にして傑出した点を聞いたことがない。


 要は公爵をどうにかすればあとは勝手に瓦解する。誰もがそう思う。


 ただ念には念をいれなければ。もし仮に親と祖父の状況に奮起し大化けしてしまったら、などと懸念したのだろう。慎重な父ならきっとそう考える。


 だからまず未来の後継者たるアルフォンゾを亡き者にしようとしたのだろう。

 そこで二人が気落ちして瓦解が速まればなお良し、と思ったに違いない。


 領地経営は綺麗事だけでは成り立たない。食うか食われるか。


 私は、食われる方には絶対ならない。



 ◇ ◇ ◇



 王城でのパーティーへの参加も貴族の大事な仕事、いや義務といってもいい。


 令息令嬢が集まるここは、将来それぞれの家を背負って立つ者たちが集まる場所でもある。

 私はもちろんニコラス様の妻になると決めているのだけれど、各諸侯にも顔を作っておく必要はある。


 王妃たるもの、陰で国王を支えるもの。諸侯との関係を良好に保つこと。それこそが自らの最大の使命と心得ている。そのためには欠かすことなどできるはずもない。


「しかしいつ通っても古臭い街ね」


 馬車のカーテンを持ち上げると、この国で最も古い――といえば聞こえがいいが、多分金がないから新しくできないだけ――の街並みが目に飛び込んでくる。


 我がガメトゥイ伯爵領から王都に向かうためには、カイゼル公爵領を通るのが一番速い。

 そのため王城へあがるたび、このかび臭く退屈な街道を通らねばならない。


 強欲な商人たちの働きにより、カイゼル公爵はますます干上がっているときく。

 さっさと侯爵様も音を上げればよろしいのに。

 ため息をついてカーテンを閉じ、ティーカップを傾ける。


 そういえばあの子。フランツィスカ。

 最近あの子の噂をよく耳にする。なんでも領内の困りごとを大人顔負けの方法で次々と解決に導いているという。


 この間もなんとかって工場の事故を解決したかと思えば、その直後には街の薬屋を立て直したりしたらしい。初等院に入るかどうかの子供におよそできる芸当ではない。


 以前会ったあの子が? あんなトロくさい子にそんなことができるのか。何かの間違いではないのか。


「もう一度、会ってみたいものね」


 噂はあくまで噂。私が化けの皮を剥いで差し上げましょう。


 ふっ、と笑った瞬間、御者の叫び声と馬のいななく声。直後馬車はけたたましい音と振動に見舞われた。


「なっ! なん……きゃっ!!」


 余りの振動にティーカップは踊り、床に転がった。私は何とか腕で踏ん張ろうとしたがこらえきれず、床に倒れ込んでしまう。


 ……

 …………

 一瞬の出来事だったはずだが、数時間の出来事のように感じた。


 少しの間が私を冷静にし、そして沸騰させた。

 いら立ち紛れに少し乱暴に扉を開いてしまった。


「ちょっと何やってんの御者~!? お茶こぼしちゃったじゃないのよ……ってなにこれ」

 扉の前には大量の木切れが転がっている。これはどうしたことか。


 馬車の後方を見るとバラバラになった荷台の一部らしきものと、そこに乗っていたであろう干し草が派手に散らばっていた。車輪が転がっているから、間違いないだろう。

 馬車は荷車に衝突したのだ。


 思わずため息がこぼれる。これどうするのよ。


「ねぇ御者~。アンタ何やってんの? パーティー間に合わなくなっちゃうじゃないの」


 その言葉に御者はペコペコと頭を下げるばかりだ。その様子にいら立ちをさらに高めてしまう。


 しかしこういうときの巡り合わせには時折自分でも驚くことがある。


「大体アンタは……ん? あら? あららぁ? そこにいるのはフランツィスカさんではございませんこと?」


 なんということだろう。先ほどまで思索していたフランツィスカが、まさに目の前にいるではないか!


「え、ええ、ごきげんよう。ファビアナ様。その、お怪我はございませんか?」


 この子。こんなに流ちょうに話せる印象はなかったんだけれど。まぁいいわ。


「ケガはないけれど、そんなことよりちょっと聞いてよ。ワタクシの服にお茶がこぼれちゃったのよ! もう最悪よ。これからパーティーだってのに……あ、ほらもう早くちゃっちゃと片付けてよ御者ぁ~! ホントとろクサイんだから」


 その言葉に御者が動き出すが、それより前に周りの大人たちがわらわらと集まりあっという間に片づけていく。


 皆、こづかいが欲しいのかしら。そりゃそうね。こんな貧乏貴族の領地。民衆も貧乏でしょうからね。


「あら、みなさまご苦労さま。後でお礼のものを届けさせるので、連絡先を――」


 そうだ、いいこと考えたわ。


「ええっと、そこのフランツィスカさんに伝えておいていただけるかしら? よろしい? フランツィスカさん」


 彼女が頷いたことを確認できたので、「よろしく」と返して馬車に乗ろうと足を出す。


 なにかしら、首肯するだけの今の態度。なんだかムカつくわね。……よし。


「しかし――お城に向かうには唯一の主要道というのに、なぜ道路を改良しないのでしょう? だからこんな事故が起こってしまう。ああ、なんと嘆かわしい」


 大げさにうんざりしたように周りの建物を眺める。実際ウンザリなんだけれど。


「町並みを大事にしているということですが、実際のところはお台所事情が厳しいから整備できないのではないかしら、ねえフランツィスカさん」


 はあ、と意図がわからない返事をしてくる。しかしこの返事の仕方、違和感がある。これではまるで……。


「ここの領主って……ああ、最近めっきりいいお話を聞かない家でしたわね。確か……」


 チラを向けた視線を、彼女は真正面から受け止めていた。


「――我が祖父の領地、でございますファビアナ様」


 彼女の視線に射貫かれたかと錯覚するほど、心臓がドキリと跳ねる。


「ああら、そうだったかしら、ごめんなさ~い、私ったらついうっかり。あ、もちろんあなたにも迷惑料はお支払いさせていただきますわね。っていけない、このままだとニコラス王子をお待たせしてしまうことになりかねませんわ! ちょっと御者ぁ~!?」


 慌ただしく馬車に乗り、御者に出すよう伝える。


「取りまとめの方、くれぐれもよろしくお願いいたしますわね。そうだ、今度わが屋敷にも遊びにいらして。あなたに特産の宝石を見繕って差し上げるわ。あ、でも……」


 これくらいは嫌味を言ってやらないとね。なんかムカつくから、この子。


「まずは石に似合うレディーになるためのお洋服からかしら? なんなら私のお下がりでよろしければそちらも差し上げ」


「お嬢様、急ぎませんと」


 割って入った御者の声に、パーティーのことを思い出した。こうしちゃいられない。


「あらそうね」


 彼女はこちらをじっと見つめている。こちらも負けじと微笑みをたたえつつ見返す。

 ホント生意気な子ね。今度じっくり立場というものを教えてあげるわ。みんなの前でね。


 まもなくムチが入り馬車が動き出した。


「それではこの辺で。急ぎますので、ごきげんよう~」


 カーテンを閉じ、座席に深く座りなおす。背中にイヤな汗が流れる。


 あの子、なんなの? 信じられない。本当にあのどんくさいフランツィスカなの?

 というよりむしろあれは――いや、そんなことより今はパーティーだ。


「今日こそはファーストダンスを踊ってもらうんだから……。ちょっと御者ぁ!? あなた、間に合わなかったらクビにするわよ!?」


 前方で鞭の音が聞こえたかとおもえば、馬車は一段と速度を増した。


 心の奥底にわき始めた何か。

 得体の知れないそれをむりやり押し込め、今夜のパーティーに想いを馳せた。




 ――私はあの時、自分の直感を信じるべきだったのだ。


 あの子は。フランツィスカは。


 放っておいてはいけない存在に変(・)貌(・)していたのだ。


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