事件簿4「飴を作っていたら火事に!?」解決編
「え? そ、そんな……何かわたし、大事なことを見落として」
「んー、そうかも、ね。……あなた、フレーバーの中身、確かめた?」
リアは顎に添えた手を離し、まじまじとこちらを見つめる。
「え、あ、確かに。でもあれは」
「あれは?」
首をかしげてじっと見つめてたずねると、今度は居心地が悪そうに視線を外した。
「厳重に封印されていましたし、その、なにより高価そうでしたので……」
ちらちらとこちらに視線をやるリア。言いにくいことがあるとこの子はいつもこんな仕草をする。こういうところかわいいんだけれど。
「開けさせるのを躊躇した?」
「はい……」
追い打ちのような言葉に(もちろんそんなつもりはない)、とうとうリアは観念したかのように項垂れた。
わずかに沈黙が流れる。
「ね、リア。変だと思わない?」
「何がですか?」
ちらとこちらを見つつ、すねたように返事する。
「あの瓶の中身よ。あれって樹脂って言ってたわよね」
「ええ。それがなにか」
「なんであんな水みたいに流動性があるの?」
「え? ……あ」
リアは本当にくるくる表情の変わる子だ。今度は目を見開き、口を押えて目いっぱい驚きを表現する。
そう。石油化学製品がまだないこの世界。樹脂といえば言葉通り、植物のヤニと呼ばれるものを指すことが普通だろう。
「たいてい目にする樹脂は、固いか相当粘度が高いよね。なのにあの瓶の中身はサラサラしていた。なんで?」
「――溶剤に溶かしているから、ですね」
「そうね。そして食品に使える溶剤なんてそうそうないわよね」
「――お酒ですか」
「仮に溶剤がお酒だったら、あのように厳重に封印しているのも納得がいく。揮発するからね」
腹芸ができないリアは素直に悔しがる。けれど直後、さっそく次の疑問を口にした。
「しかしお嬢様。仮にあの瓶の中身のお酒が原因物質だったとして、火が着くほどの濃度になるでしょうか」
「どうかな? 冷静に現場を思い出してみて」
「コンロは薪のごく一般的なもの。鍋も形状が平べったくて一般的でないことを除けば特段違和感はない……。天井は煤がひどい状態でしたね、薪のすすだけが原因でああもなるでしょうか」
「そうね。普通は難しいでしょうね。ここで思い出してほしいのはリーダーさんの言葉。『夏場や風が強い日は熱がこもって堪える』――。ねえ、どうして熱がこもるのかしら」
「え、どうして、ですか? そんなの、目の前で火を使っていたら暑くもなりますよね?」
「裏を返せば夏や強風の日でなかったらそうではない、熱はこもらない、ということでしょ?」
「いや、言葉の上では確かにそうですが」
「そう。『普通の人が当たりまえに思うことをなぜことさら話すのか』。これが大事。そこにはわざわざそう言いたくなる理由があるものよ。ともかく、試しましょう。幸い、今日も風がとても強いわ。麦わら辺りがちょうどいいかしらね。燃やした細い煙の動きを確認してみましょう」
従業員に麦わらを数本持ってこさせると、早速火をつける。ちょうど線香のように細い煙がするすると天井に向かって伸びていく。
「煙突に上っていきますね」
「しばらく観察してみましょう」
ものの数分で異変が起こった。外で強い風が吹くと煙が揺らめく。
「あっ。煙がゆれますね。形も崩れる。なんだか下向きに動いているような。これは……」
「外から空気が押されるから、ね。これが継続的に続くと」
「排気されないから、空気の滞留がおきるというわけですか」
「ええ。外気の取入れがうまくできてないという点もあるかもしれないけれど。とにかく、部屋の空気が滞留する環境は、案外簡単に発生するということが分かったわけだし」
「フレーバーが引き金になったのは間違いなさそうですね。この環境――不安全状態を改善しなければ、今度は別の中毒なども起きるかと」
「そうね。そのあたりもしっかり指導、してあげてね」
リアはいつもの笑顔を取り戻し、大きく頷いた。
フレーバーは、やはりお酒、蒸留酒に溶かされていた。それもかなり度数の高い。つまり、
「うっっわ! 濃! ごほっ、相当濃ゆいですよこれ!」
リアが蓋を開けた瞬間、こうなった。
この材料をあたたかな材料に加えることによりエタノールが蒸発。空気より重い気体であるため、床にたまっていく。
普段は風の流れがあるので問題になることはないが、この時期はときおり、日中強い風が吹く日がある。今回もそういう日にあたったのだろう。
その際コンロの排気が思うようにいかなくなる場合があるようだ。これはさきほどの実験の通り。主に煙突上部の形状に問題がある場合が多い。
その後たまったエタノールの蒸気にコンロの火が引火。時を置かずして大きな火が瞬間的に上がったと思われる。本来エタノールの火は見えにくいはずだけれど、樹脂の中の揮発成分が同時に燃焼したとも考えられる。
信じられないことに、従業員は引火の危険性を知らなかったようだ。
恐らく家庭ではそんな濃度の高いお酒は使わないから、というのが理由だろう。
さすがに工場長はそれなりに揮発するものの危険性について知識はあったようだけれど、受け取った材料の中身については、確認することはなかったそうだ。
・材料への注意書き
・受け入れ時の依頼主との十分な打ち合わせ、KY活動
・溶剤に対する十分な安全教育
・煙突上部の形状見直し
更には強制換気設備の設置と入念な清掃、などを指示して今回の件は終了した。
帰りの馬車の車中。
「――あの、お嬢様」
「ん? どうしたの」
「すみません。たかが飴と、なめてかかってました」
「んー、確かに、材料に思いを致せなかった反省はすべきかな」
「はい、今回も、予断をもってことにあたってはいけないことを痛感しました」
「うん、そうだね。次は気を付けようね。大丈夫、これからどんどんできるようになるから、がんばろう? 期待してる」
やけにしおらしいリアの様子に、なんとも調子が狂わされた。
出典:
厚生労働省 職場のあんぜんサイト ( https://anzeninfo.mhlw.go.jp/ )
労働災害事例「『のど飴』の製造中に3人が火傷」




