事件簿4「飴を作っていたら火事に!?」課題編
馬車を降りると、独特な香りが鼻についた。
風が強いからだろうか。工場にはまだ距離があるけれど、さまざまな臭いが風に巻かれ、漂ってくる。
「んんっ? これは……キャラメリゼの香り? うーん、おいしそうな」
あたりの匂いを確かめるように、リアが鼻をスンスンと鳴らす。
「んなわけないでしょ。火災現場なんだから。ほら、さっさとKYやる」
「あはは、そうですよね……了解です、お嬢様!」
リアは元気に敬礼すると彼女は足早に工場長らしき男性に近づいていった。
今回の現場は製菓工場での火災だ。
なんでも飴の製造中に突然発火。一時は炎の高さが天井に達し、天井の一部を焦がすほどの火勢があったそうだ。二名は軽いやけども負ったらしい。
その場にいた数名で消火ができたそうなのだけれど、出火について心当たりがまるでないということで、今回お呼びがかかったというわけだ。
「――では現場に入りましょう。……みなさん、ご安全に!」
KYを済ませたリアが、よく通る声で宣言した。
扉を開くと、早速甘くも苦い臭いが我々を出迎えた。
原料や天井材を焦がした複雑な臭いが現場に立ち込める。
目の前には黒く焦げた大きく四角い鍋。原料の砂糖だか水飴だかが焦げた跡だ。
「作業をされていたのは、あなたを併せて四名ということで、よろしいですね?」
傍らではリアが、当時の状況を作業していたものに聞き取りを行っている。
今回はリアが中心になって解決を図ることにした。
毎度私がやっていては、いざ私がいない際に皆が困ることになる。自由がきく今のうちに後進を作っておかなければと思っていたところだったのだ。
最初は渋っていた彼女だけれど、理由と期待を伝えてモチベートしてみた。幸い言葉は届いたようで、率先して動いてくれている。
私一人でできることなどたかが知れている。
天井を見上げてみる。原因はなにか判然としないけれど、煙突とその周囲が真っ黒になっている。おそらくは原料の蒸気が長年に渡って付着した結果だろう。
「排気はここからだけですか?」
「そうですね。これがまた、夏場や風が強い日は熱がこもって堪えるんですわ」
従業員のひとりが同様に見上げながら笑った。
次にストーブを覗き込む。火箸でつつくとボロッとタールが剥がれ落ちた。
「清掃はあまり頻繁にはされてないのでしょうか」
「最近注文が多く、なかなか火を落としての清掃が難しかったのは事実です」
別の従業員が頭をかきながら言いにくそうに口にする。
「ほかにいつもと違うことは、なにかありましたか?」
「手順は決まっています。今回もいつもと同じ段取りでした」
「手順書の類はありますか? あるなら拝見しても?」
作業員のリーダーらしき男性が軽く頷くと、我々を事務所に案内した。
早速リーダーさんから手渡された手順書を二人で覗き込む。
ざっくりとした手順としてはこうだ。
1.砂糖と水を加熱し、水飴様の状態にする。
2.火からおろし、いったん冷ます。
3.先ほどの水飴様の中間材に添加剤を加え、再度加熱する。
4.火からおろし、香料などのフレーバーを投入する。
5.よく練る。
6.手で触れる程度まで冷ます。
7.成型する。
となっている。従業員たちの証言とも食い違いはなさそうだった。
「このうちの、どの部分で火が?」
手順書から顔を上げたリアがリーダーに声をかける。
「フレーバーを入れて少し経ってからですね」
「……ということは、味を決める材料と水飴を混ぜるところで突然火がでた、と」
「そうです」
「ちなみに、今までこのようなことは」
「初めての事故で、もう何がなんだか」
リアが首をかしげる。いくら可燃物といっても所詮は砂糖。粉糖が空気と混ざった状態ならばいざ知らず、水飴の状態でそこまで爆発的に燃焼するとは考えにくかった。
「そういえば今回はどのような飴をつくっていたんですか?」
「ええっとたしか……そうそう。商人から委託された、『蜂甘露』という製品ですね」
「『はちかんろ』?」
リアがオウム返しに尋ねる。
私としては、なぜそういうネーミングにしたかを聞きたい。
「ええ。なんでも蜂が巣でつくる樹脂って言ってましたっけねえ……なんでも健康にいいらしくて、『医者いらず』なんて別名もあるらしいんですが、それを練り込んだ製品ですね」
もしかして……プロポリスのことだろうか?
「そのフレーバー材料を支給され、製造を委託されたものですね。ひと月くらい前から」
そういいつつ、商人からの支給品であろうそれを一つ手に取り、こちらに示した。
「へえ。材料を支給ですか。てっきりすべてこちらで手配するものだとばかり」
「いやまあ、この製品だけですよ、そんな対応」
「それはまた、どうして?」
「なんでもこれ、ものすごく高価らしいのです。市場にも出回りにくくてね。仕入れようにもまずモノがない。依頼主もやっとのことで集めているそうです」
厳重に封印された瓶の中では、茶褐色の液体が揺れている。
リアはしばらく押し黙っていたけれど、不意に顔を上げるとこちらに向かい口をひらいた。
「お嬢様。二人で話したいのですが」
「ん、いいよ。……すみません、会議室のような場所、お借りできないですか?」
◇ ◇ ◇
案内された部屋の扉が閉じられると同時に、リアが泣き顔でこちらに詰め寄ってくる。
「おじょうざまあぁぁぁあ」
「な、なによ」
本能的に身を引いてしまった。だって鼻水たらしてるんだもん。
「原因がよくわかりませぇん」
「あらあら。……本当に、わからない? ギブアップ?」
「うっ。そ、そのまえにヒント」
リアは人差し指をたて、眉間にシワを寄せつつにじり寄ってくる。その姿があまりに滑稽だったので、思わず吹き出してしまった。
「もう、私がいなかったらどうするのよ……ま、いいわ。ねえリア。以前言った言葉、覚えているかしら。『常識を疑え』って」
リアがわずかに頬を染め、ばつの悪そうな表情を見せる。
「……はい、甥の件で骨身に沁みました」
「そうよね。さて、今回はどうかしら?」
「今回は、予断はしていない……はずです」
「そう? 私は少なくとも一つ、気になってることが……あるんだけれどな」
頭上に壮大に疑問符を浮かべた様子のリア。
眉根を寄せ、首を傾げた。




