第17話 隣人を救う金の鎖、サプライチェーン
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お楽しみのおやつタイムに現れた来客。目的はなんでしょうか。
いつもの昼下がり。
いつものおやつタイムになるはずだったのだ。
リアとヘレンの三人でお茶をしていると、執事さんが来客を告げた。
誰かしら、と首を巡らすと執事さんが身を引いた先には見知ったおさげの女の子。
「ううう、助けてください、お嬢様……」
ペトラだ。
実に困った様子で、しょんぼりとした様子に胸がきゅっとなった。さっそく部屋に招き入れ、椅子をすすめた。メイドに彼女のお茶を用意するよう頼む。事件の香りを嗅ぎつけたおしゃべりメイドは目を輝かせて準備を始める。
カップが目の前に置かれてもそこから立ち上る湯気を凝視したまま押し黙るペトラ。助けて欲しいと言う割に何を躊躇うことがあるのだろう。
――それくらい事態は重大で、緊迫しているのだろうか。
「まぁ、まずは紹介するわ」
黙っていても始まらない。簡単にお互いに自己紹介をさせて無理やり口を開かせる。ぽそぽそと話す姿にいつもの朗らかさはない。本当にどうしたんだろう、それが取り柄だというのに。
「さて、そんなしょぼくれてなにがあったのよ。言ってごらんなさい。ここにいる子達も含めて、みんなアナタの味方よ」
ペトラは今にも泣き出しそうな顔をあげると二度三度、口を開けたり閉じたりしているけれど、この期に及んで躊躇しているのか、なかなか言葉に出さなかった。
さあ、と背中を押してやって初めて言葉がこぼれた。
「店を――閉じないといけないかもしれません」
「……え?」
「薬草がもう、手に入らないんです」
「ちょっとそれ、どういうこと?」
薬店なのに薬草が手に入らないとなると、そりゃあ廃業は不可避ということになるけれど、でもどうして?
「代々続くお店を潰すことになったら、ボクは……どう、したら」
そうつぶやくのを待っていたかのように、大粒の涙がぽろり、彼女の頬を伝った。
無言でハンカチを差し出してやると「すみません」と、か細く礼を言うと受け取った。目を閉じ、メガネを外すとまなじりに押し当てる。
彼女をそっと抱きしめる。体の大きさがぜんぜん違うから、頭を抱いているような感じだけれど。
彼女はそのまま声を殺し、しばらく肩を震わせていた。
しかしにわかには信じられない。控えめに言っても彼女の店はこの街にとどまらず、周りのどの店にも負けないくらいの品質だ。きっと優良な顧客もすでに多数掴んでいるはず。
これはただごとではない。彼女の頭をなでながらメイドを呼び、「おじい様に話を通して」と伝えた。
十分後。おじい様の怒声が屋敷に響き渡った。
「なんじゃと!? 商人が、薬草を卸せないじゃと? ただし今後商人ギルドに薬を納めるなら今まで通り取引するだぁー!? なーんじゃそれは!」
ペトラはじめ皆一様に驚いた様子で、ビクリを肩を震わせたり身体をこわばらせたりだ。
「おじい様落ち着いて。みんな怖がってる」
慌てておじい様を止める様子をみて、若干彼女たちの緊張もほぐれた。
「お、おおう、これはすまなんだ、許せ。じゃがのう、フランや」
手を上下に揺らしながらおじい様はやり場のない怒りをどうにかいなそうとしているようだ。
わかる。私だってそう。靴べら持って今すぐあの禿頭を殴りに行きたい。けれどこれは、カッカしたほうが負けるんだ。拳を使わない、喧嘩なんだ。
「わかってる。でも冷静にいこう? これはもう、商人たちから正面切って喧嘩売られてるのよ。公爵家は」
部屋にしばし重苦しい空気が流れた。沈黙を破ったのはおじい様だった。
「そうじゃの。よし、他ならぬワシらのペトラちゃんの窮地じゃ、売られた喧嘩は買わんとの! なら早速、他のルートで集められんか当たってみるとするかの!」
「おじい様? なんだか妙に張り切ってらっしゃいません?」
私の冷たい視線を察知したようだ。さすがはかつての猛将。殺気には敏感でいらっしゃるようで。
「な、なにがじゃ? わ、わしゃあ我が領内きっての薬師のピンチをじゃな」
「ほうほう。一片もやましいことなど何もないと」
「む、無論じゃ」
「流石ですおじい様! ではさっそく手配してくださいね!」
「お、おう、ワシに任せるが良い! かっかっか!」
◇ ◇ ◇
「……と威勢よく啖呵を切ったのは三日前でしたが、その後進捗はいかがでしょうかおじい様」
「うむ、それはの、その」
歯切れの悪いおじい様。けれど彼は悪くない。商人共が一枚も二枚も上手なのだ。
「大丈夫よ、おじい様。商人共に正攻法でいっても勝てないのは解りきっていたことだから、ね」
「ぐぬぬ」
だから私達は手練の商人が考える上を行かないといけない。
おじい様の動きは、いうなれば奴らを油断させる欺瞞作戦。真の目的を悟られないようにするためのいわば囮だ。本人には言っていない。言ったら手を抜きそうだったから。ごめんね、おじい様。
さて、とはいえこちらのアテも外れるといよいよマズイんだけれどと窓を見やると、ちょうど一台の馬車が屋敷に入ってくるのが見えた。結果はどうだろうか?
「お待たせしましたかしら? お嬢様」
ヘレンがおじい様と私に優雅に挨拶をする。いつぞやのことを思いだす。
「うん、とっても待ってたよヘレンのこと」
たたっと駆け寄って手をぎゅっと握った。今やヘレンだけが頼りなんだよ。
「あ、あら。そうでしたの、すみません。遅くなってしまって」
ほのかに頬を染めつつヘレンがはにかむように笑った。
「で、首尾はどうだった?」
「ふふ。バッチリ、ですわ」
ヘレンが笑顔の脇で可愛くピースサインをした。
すぐにペトラに使いを出し、屋敷につれてくる。開店休業状態のペトラは、相変わらず沈んだ表情でポソポソおやつを食べる。
「お店に居ても、お掃除をするしかないんですよ……。ボク、すっごくお掃除得意になっちゃったかも」
「あら、良かったじゃない得意なことが増えて」
「やっぱりお嬢様は意地悪ですよね。あーあ、もうギルドに納めたほうがいいのかなー」
「さぁ、そんなことより、ヘレン!」
「ボクの決死のアピールが、流された!?」
ショックを隠せない様子で、泣きそうな表情のペトラ。
「はい。これを……検めて頂けますか」
対して落ち着いた様子のヘレンが取り出したのは何種類かの乾燥させた草。それを見た瞬間、泣きそうな表情が一転、真剣な表情を見せる。ヘレンが彼女の手にそっとのせてやる。
「こっ、これ……熱冷ましと痛み止めの薬草……どうしたんですか、どこかで買えるようになったんですか!?」
手元と私達を交互に見つつ、徐々に頬を赤らめていく。興奮は隠せない。
「ヘレンの親――ジーベルト男爵家に管理してもらっている土地に、去年まで作っていたんだけれど最近管理していない薬草畑があるらしくって」
「ど、どれくらいあるんですか?」
話をするとどうやら一年の使用量を優にまかなえる程度の面積があるらしい。それを聞いた途端ペトラの瞳に光が宿った。
「買います」
「え」
「買います全部。なんなら畑ごと!」
ヘレンの手をしっかと握りつつ、詰め寄るペトラ。
「あ、あらあらあら」
「いくらです!? いくらなら譲ってくださいます!?」
「あら、あらあらあら」
ペトラが落ち着いてから、詳細の打ち合わせを始めたようだけれど、早速悩んでいる様子。畑ごと彼女が購入してもいいのだけれど、手入れをする者の手配が必要になるからだ。
「うーん、たしかに買えない金額ではないんだけれど、ボク一人じゃ手入れできないんだよね」
「まぁ畑の管理はウチのものにさせるとしても、そもそも生葉では使い物にならないんでしょう? どこかで加工が必要ですわね」
薬草はそのままでは使えない。乾燥させ、最後は粉末に加工する必要もあるのだ。
二人は思索の迷路に迷い込んでしまったようだ。ここは一つ。
「ねぇ、加工する工場を作ればいいんじゃないの?」
「それはまぁ、そうですが。そのようなノウハウを持ったものは……あ」
三人の視線がスコーンを美味しそうに頬張っているリアに集まった。
「……居た」
「ん? んむ?」
リアが視線に気づき、声を漏らした。
事情を一通り聞いたリアは二つ返事で了解した。設備もそんなに大掛かりなものがいらない点もハードルが下がった理由だろう。
薬草を育てるヘレン。加工を行うリア。最終製品を作って売るペトラ。
すばらしい。サプライチェーンの完成だ。
「さぷらい、ちぇーん? とは、なんですの、お嬢様」
「製品の原材料の調達から、製造、在庫管理、配送、販売、消費までの全体の一連の流れのことを指すんだけれど、今回これを仲間だけで作れる意味は大きいよね」
「ああ! クソ商人共に一切お金を落とさない素晴らしい企みだから、ですわね!」
ヘレンはとても聡いけれど、ときおり物騒な物言いをするのが面白怖い。
「では畑の管理と収穫は我が家に一任。できた薬草は全量買い取るということで、……このくらいでいかがかしら」
「えっ、こんなものでいいんですか?」
提示された金額がよほど安かったのだろう。ペトラは驚きを隠さなかった。
「ふふ。そんなところで驚いたら、スグ足元を見られますわよ。それに今度リアさんのところで加工賃がかかりますから、あまり喜んでも居られないかもしれませんよ?」
ヘレンは爽やかに笑った。確かにちょっと商売には向いてないかもしれない。
その後リアとも話したペトラだったが、結局のところ二人の提示金額を合わせても商人から仕入れるそれより大幅に原価を下げられそうなことがわかった。
「まぁ、中間マージンがほぼゼロですからね。そりゃあ安くもなるかと」(※文末「中間マージン」参照)
ヘレンの言うことはもっとも。それにきっと連中、ぼったくってるしね。
「えっ、えっ、まさか、じゃあこれで」
ペトラは先程からもうすっかり興奮が収まらない様子で話している。
「これであのお色気おねえさんの店にも対抗できますよ!」
「へ? なにそれ」
「あ、言ってなかったでしたすいません。実は……」
話をきけば、最近街に別の薬屋がオープンしたらしい。色気ムンムンのおねえさんが売り子のお店とのことで、ペトラの店が休んでいるのも手伝ってか、最近急成長している店のようだ。
「ボクもそうしたほうがいいのかな?」
首をかしげるペトラに笑いかける。
「アナタはそのままのほうが客が付くわよ」
私の言葉におじい様が何度も頷く。やっぱりこういう子が好みなのね、おじい様。また一つ、弱みを握ってしまったわ。
リアは薬草加工場を一週間で仕立ててしまった。
「ちょうど紡織工場の建屋が一つ余っていたもので、それと……」
そこでニンマリとリアが笑う。どうしたの? と尋ねると。
「従業員も、シェアしてもらえることになって。というか紡織工場に薬草加工の部門を作っちゃったって言ったほうが早いかな?」
「ああ、なるほど。あのお父さんがいるところなら安心だね。考えたね、リア」
するとリアは両腕を腰に当てふんす、とドヤりつつ、
「ふふーん。もっと褒めてくれてもいいんですよ? 何ならまた抱っこ」
と今度は私に手を差し出してきた。
「や、それは遠慮する」
「えー抱っこしたい色々触りたい愛でたいー!」
荷物の輸送については、毎日定期便の馬車を出すことになった。
「これは、なんです?」
ペトラが伝票をひらひらさせながら尋ねる。
「注文伝票よ。必要量を記した伝票を御者さんに渡して。御者さんはそれをヘレンの街で畑の人にそれを渡す。翌日伝票に記された量の薬草が加工工場に届く。そして昨日加工が済んだ薬草を積んで、ペトラの店に来る。これを一日一便、三台の馬車を使って順に荷を届けるのよ」
へー、と感心するペトラに、「即日は流石に届けられませんから、加工の日数を勘定にいれて、三日前に注文してくださいね」と注文をつける。
「そのへんは彼女に発注点在庫の考えを伝えてるから大丈夫よ。ところでヘレン。アナタもなかなかどうしてやるわね」
「はい? そうはおっしゃられても、お嬢様にはとても敵いませんわよ?」
「いやすごいのよヘレンは。こっそり帰り便に他の荷を載せて街に帰らせて、空荷で戻ることがないようにすでに調整してるの。そしたら往復で運賃稼げるじゃない?」
ペトラはほう、と手をぽんと打ち、ヘレンはしまったという表情を見せた。
「いやいやいや、私褒めてるのよヘレン! ちゃんと帰りの荷も考えるなんて、アナタ運送業もやれそうよね」
「いえそんな。真似事です」
「だからさ、いいよね?」
「はい?」
「定期便の代金、半額でいいよね?」
ヘレンの顔が引きつったの、初めて見た気がする。
■文中の注釈(フランの主観も多少入ってるけど、別にいいよね?)
「中間マージン」
売り手と買い手を仲立ちする事業者(仲介業者)が得る利益のこと。当たり前だけれど仲介が減ればその分価格はさがる。原価厨が忌み嫌う存在のひとつ。けれど連中は材料費以外すべて嫌うんだったしまった。
最後までありがとうございます。
次回、軌道に乗ったかに見えた薬のサプライチェーン。
しかし事態は簡単には許してくれそうもなく。
お楽しみに。
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