第18話 品質上げるなら、材料も流通も標準化!
『ペトラちゃん薬草買えない事件』から二週間たった。彼女の店も営業を再開し、客足は以前と変わらない程に回復したようだった。
「いらっしゃいま……あ、フラン様! いらっしゃいませ!」
店のドアを開けるなり、調合用のエプロンを掛けたペトラが元気に声を掛けてきた。店には数人の客が居て、彼らの注文に対し笑顔で応対している。
よかった。本来の笑顔が戻って。
あれこれと注文をするお客の声に、くるくるとよく動いて対応している。まだ一人でやっているのか。誰か雇えばいいものを。
そうやって眺めているうちに接客が終ったようだった。十分も経たっていないかもしれない。以前の彼女からすれば雲泥の差だろう。本来はこうあるべき。
最後のおばあさんが店を出るのをドアを開けて送り出した。
「ありがとうね、お嬢ちゃん」
品の良いおばあさんがペコリと頭を下げてくれたので、ニコリと笑顔を返す。
通りの喧騒におばあさんが消えるのを目で追っていると背後から声がかかった。
「すみません、おまたせしちゃって」
パッパッっとエプロンをはたくペトラを見て、「忙しそうね」と後ろ手でドアを閉めた。
「順調ね」
ペトラが出してくれた紅茶? のような飲み物――たしか以前いくつかの薬草や香草を煎じたマイヤー家秘伝の健康茶と言っていた――のカップから口を離しソーサーに置く。
「以前の店を知っている者からすれば、同じ経営者の店とは誰も信じないと思うわ」
ペトラはその言葉に苦笑を浮かべる。
「やめてくださいよ。全部フラン様のおかげじゃないですか」
「そんなことないわよ」
そんなことありますー。とペトラは笑う。
違うよ。確かに最初のきっかけを与えたのは私かもしれない。けれど、今この状態を維持しているのは、アナタの努力だからね。
「前に言った5Sが徹底されているようで、安心したわ。……ところで私を呼んだのは、なにもアナタの仕事っぷりを参観させるためじゃあないわよね?」
そう。ここにはペトラから呼び出されたのだ。
「あ……はい。その、先日は薬草の手配の件で本当にお世話になりました」
深々と頭を下げるので、どういたしましてと返事をする。
「お陰様で以前と変わらずお店を続けていられはしているのですが、その」
そこまでいってペトラはなにやらモジモジしだした。
「なに? 言いたいことがあるなら、ハッキリいいなさい。時間の無駄よ」
ペトラが困ったような表情をみせる。
「うう、フラン様のいじわる……わかりました。あの、よくわからないんですけど、以前のほうが仕事が楽だったなって思って。あいや、違うな。楽じゃない理由はわかってるんですが、それがどうしてかがわからなくて」
「なに? 理由って」
「あの、以前より調合に時間がかかっているような気がしてます」
「気がしてる? かかっている、ではなくて?」
「なんかそんな気がするんです」
あ、そういえばこの子には教えてなかったわ。
「なぜなぜ」
「へ?」
「なぜなぜ分析が必要ね。どうして時間がかかっているのか、深堀りしなさい」
基本的に聡いこの子は、やっぱり少し教えるとあとは勝手に進めてしまう。
鼻歌交じりにまとめていく姿を、いつものように見てるだけだった。
分析に夢中な彼女の横顔を見る。
紙に視線を落としていたかと思うと斜め上を見ながら眉を寄せたり、次はパアッと笑ったり。まだまだあどけなさは抜けないのだけれど、きっとこの子はこれからどんどん綺麗な女性になっていくだろうな。
などとぼんやり考えていると、不意に声を掛けられた。
「……ボクの顔になにかついてます?」
しまった。頬杖をつきながらいつの間にかボーっと彼女を見つめてた。
「あ、ごめんなんでもないよ、ちょっと考え事してて」
「ふうん。あのえっとできました。結論は『薬草の品質にばらつきがある』ってしちゃったんですけれど。ど、どうでしょうかフラン様?」
彼女はおずおずと分析結果を差し出しながら上目遣いに見上げる。
こういう点は直してあげたい。小さな成功体験を積み上げて自信をもつ……自己肯定できるようにしてあげれば、この子はきっと化ける。
「どうしてこういうところで自信なさげに言うの? 調剤においてアナタに私が敵うわけないでしょ。大丈夫、しっかり言い切りなさい」
「わ、わかりました。……『品質にばらつきがある』と思います」
「うん、ペトラが言うならきっとそうなんだよ」
彼女の顔から不安げな色が消え、えへへ、と笑顔に変わった。さて、そろそろ来る頃だろう。呼んでいて正解だった。
図ったようにカララン、とドアベルが鳴って店のドアが開いた。
「いらっしゃ……あ」
「へぇ。こんなお店なんだね」
「可愛らしいお店ですわね、ステキです」
ジャストタイミングだよ。リア、ヘレン。
「――というわけで、納品される薬草の品質にばらつきがある、ということよ。申し訳ないけれど、私は材料品質の知識はないから、考え方の助言はできるけれど、こう、と答えを出すことはできない。あなたたちで解決してほしいと思ってる」
「フラン様にもわからないことがあるんですね」
ペトラが驚いたように口を開いた。
「当たり前じゃない。私を仙人かなにかとでも?」
「うーん、なんでしょう? どうしてかフラン様は知らないことはなにもないと」
「そんなわけないでしょ。ほら、そんなのいいからさっさと解決する」
早速リアが口を開く。
「それなら簡単です。マイヤーさんは重量でしか注文しませんから」
「え、どういうことですか?」
ペトラがリアに問いかける。
「ん、だって重さだけだと、葉っぱでも茎でも、なんなら乾燥が甘くても重量はあっさり変わるじゃない? 私は最初ここで見た薬草の見た目を、雰囲気で再現しているだけだもの」
当たり前でしょう? と言わんばかりにリアが肩をすくめて答えた。
「ん? ……あ、そっか。品質がばらつくって言う割には、ボクが品質について注文をつけてないから、ですね」
ペトラは一瞬眉を寄せたけれど、すぐに合点がいったのか、手をポンと打った。
「まぁそういういことよね。ねぇペトラ。薬草はどういう状態だったら問題ないのかしら?」
「どういう……ですか?」
「そ。たとえば、んー……茎や根を含めない、とか、若葉だけ、とか」
「茎はいいんですが、根はダメですね。あと土は払ってほしいです」
「葉の長さはどうなのかしら? そのままでいいのかしら」
「薬草によって違いますが、だいたい手の親指くらいの長さが使い勝手がいいかもしれません」
ペトラはサムズアップした親指を指差す。
「どれくらい乾燥させないといけないのかしら?」
「えと、かるく力を加えたらパリッと割れるくらいには」
「そういうのあるなら、事前に伝えておくべきなんじゃないかしら」
「あっ。そ、そうですね」
「んじゃあそれを二人と話し合って。はい、今するスグする! 二人はペトラの要望を受けて、できるできないの判断と、作業手順なんかの変更をお願いね。あ、あと費用とかの条件も詰め直してね」
はぁい、と気の抜けた返事を一つすると、ペトラは二人と話し始めた。
その後小一時間かけて三人は様々な条件を詰めていった。
薬草の葉の長さ、混ぜてはいけない部位、逆に加工してはいけない薬草、洗浄すべきか、土を払うだけなのか。乾燥の度合い。エトセトラ、エトセトラ。それらを収穫時、加工時の作業要領にそれぞれ織り込んでいく。
「あとは重量を決めて、袋単位での取引にすればもろもろ捗ると思うんだけれど」
工業系女子、リアの提案しそうなことだ。
たしかに袋単位での扱いになるので互いに楽になるはずだ。一巡りした感じでみな一様に満足げな表情をしている。
「納得いく形になりそうかな?」
「はい、フランお嬢様。私も出荷時に気をつけるべきポイントが明確になったので助かりましたわ。あらかじめ打ち合わせておくことが大事なんですわね」
ヘレンは色々メモを取りつつ、今後のことに思いを馳せているようだ。
「そうだよ。サプライチェーンの関係者間での共通言語を定めておくと、トラブルが未然に防げるし理解もはやい、間違いも減る。『標準化』という作業ね。けれど反面今回のケースでいくと、端材を廃棄しなければならないケースも出てくると思う」
「そうですね、規格の長さに合わない薬草は廃棄するしかないかもしれませんわ」
ヘレンが残念そうに返す。
「うん。その一側面で語ると『ムダ』を産んでいると言えなくもないわ。けれど考えてみて。サプライチェーン全体を最適化する際に、その端材を活かすために特別な仕組みを運用するメリットって、どれくらいのものかしら?」
三人は互いに見合わししばらく考えていたけれど、最初に口を開いたのはやはりというか、ヘレンだった。
「全体のメリットを最大化するために必要なムダ、というわけですわね」
彼女の言葉に二人もうんうんと頷く。
「そう。そしてここからが大事なんだけれど、このケースだと半製品を作っている上流の工程、つまりリアとヘレンの二人だけが損をする構図になるよね? それを防ぐために、ムダが発生する分を見越して利益を公平に分配する必要があるわけ。仲間でサプライチェーンを作っているときは揉める原因になりがちだから、特に注意してね」
「だから最初に費用も詰め直せとおっしゃったんですのね」
「そういうこと。ヘレンの農場は畑まるごと買取だけど、おそらく収穫したあとの選別工程が増えたんじゃないかしら?」
「はい、実はそのとおりです。なので少し値上げさせていただきましたわ」
胸に手をあてて申し訳無さそうにヘレンが返事をする。
「リアのところも洗浄や加工の手間が増えたんじゃないかな」
「そこまでお見通しだったんですか、お嬢様」
驚いたような表情のリア。
「けれどそれだけお金を払ってでも、ペトラはありがたいんじゃないかな」
「すっごいフラン様、ボクの心読めるの!?」
ペトラは立ち上がり、目一杯驚きを表現した。
◇ ◇ ◇
品質問題が解決したマイヤー薬店は以前よりまして活況だ。以前のクスリより効きが良いかもしれないと、噂が噂を呼び、さらに客足が伸びているというのだ。標準化の成果は着実に出ているようだ。
さらにヘレンは実家秘伝の肥料を与えているそうだ。けれど何が入っているのか、実はあまり聞きたくない。聞いてはいけない気がする。
リアは薬草の加工場の自動化をどんどん推進。ついにはほとんど手間のかからないラインにしてしまった。近い将来加工工場を分社し、畑とあわせた会社組織にしようとヘレンとともに頑張っているそうだ。
逆にお色気ムンムンのお店は最近振るわないそうだ。
なんでも薬の品質が悪くちっとも効かないということで、既に青息吐息なご様子。
昨日ペトラに聞いたところによると、商人の一人が「どこから仕入れてるんだ」と偵察に来たらしい。なので「企業秘密です」と返したら顔を真っ赤にして帰っていったと、実に楽しげに話してくれた。
客足が絶えた僅かな間。健康茶を飲む。本人には悔しくて言ってないのだけれど、実は最近、この独特の風味が病みつきになりつつある。
「なんとかなったね」
「ほんとみんなのお陰です。あ、一番はもちろんフラン様。ボク、フラン様が居なかったらとっくにお店やめていたかも」
「またまた。私はアナタの背中をちょっと支えただけ。アナタの実力よ。もっと自信を持ちなさい」
「そ、そうですか? 本当なら、嬉しいな」
ペトラがテレテレとしているときドアが乱暴に開かれ、ベルがけたたましくかき鳴らされた。
「た、大変です! 工事現場で、人が塀から落ちて!! い、医者が薬師を連れてこいって!」
ペトラは弾かれるようにたちあがった。




