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第16話 カイゼンへの近道にして正道、それはみること

ご覧頂きありがとうございます。


金属加工工場にやってきたフラン様。現場で見るものは、一体何でしょうか。

 港にほど近い金属加工工場に入ったのは午後になってからだった。


 手始めに午後の稼働を始めた現場をぐるっと見たけれど、特段問題があるようには見えなかった。


「さて、予想通り設備に問題はなさそうだけれど。手紙のやり取りを始めるに至ったそもそもの理由ってなんなのかしら?」


 その言葉に工場の技師があからさまに胸をなでおろす。


「はい。元々は不良率の多さをアザド様にご指摘いただきまして、それは設備の不具合でないのかとのことでやり取りをはじめました」


 小太りの工場長はおじい様と私を交互にみつつ、汗をふきつつ答える。お父様――アザドはその隣で直立不動の姿勢をとっている。まるで先生に叱られる児童だ。


「なぜ設備が悪いという結論に至ったのか、経緯を説明せよ、アザドよ」


「はっ。いやまぁ、この者たちと会話をし、総合的に判断してそれが最も合理的かと思い……そのように」


 徐々に声のトーンが落ちていく父、アザド。


「つまり、当てずっぽうというわけか」


 彼は弾かれたように顔を上げる。


「そんな、当てずっぽうなどでは! ……よく話し合った結果です」


 下手の考え休むに似たり。それが当てずっぽうっていうのよ、お父様。


「このまま今日は稼働してもらいます。我々はじゃまにならないところからその様子を拝見します」


「え、すぐ設備に対策しないのかい。いやその前に、フラン、工場のことなんて解るのかい?」

「大丈夫ですよ、お父様。これでもいくつかの工場なんかを立て直していますから」


 驚いたような表情で父はおじい様をみる。


「そのとおりじゃ。まずはフランの言う通りにせい」


「お、お義父さ……公爵閣下がそうおっしゃるのなら」


 父は私を不安げな様子で見下ろしながらおじい様にこたえた。


 大丈夫かな。それとなくフォローを入れたほうがいいかな。


 おじい様って父にだけ、なんだかアタリがキツイんだよねー。同じ入婿なんだから、ちょっとは優しくしてあげてもいいのに。それとも次期当主ということで、厳しく教育しているつもりなんだろうか。

 もしそうなら、おじい様にはコーチングの基礎を教え込む必要がありそうだ。



 その日も夕方に近づき、一通り業務を見ることができた。


「さてリア。半日見ていたわけだけれど、設備的に何か不具合らしい箇所はあった?」

「これと言って見当たりませんね。お嬢様、これはやはり」


 アゴに手を添え、真剣な表情でリアが返す。


「おっ、さっすが。リアも気づいた?」


 さすが、伊達に機械相手に仕事をしてなかったね。


「もちろんです。気づかないわけありません」

「うんうん。だよね?」


 そこで彼女はパッと表情明るく、うん? そこでなんで頬を染める?


「はい! やはり、フランお嬢様はパンツスタイルも至高だということに!」

「……は?」


「普段のスカートも控えめに言って最アンド高! なのですが、工場に立つ際のキリッとしたパンツ姿もまた……」


 だんだん呼吸も荒くハァハァしだした。ヤダこの子。キモ面白いんだけど。


「あなた、真面目に仕事してくれない?」

「えっ」

「えっ、て何よえって! こんなの、作業員ごとに作業の手順と方法にばらつきがあるからに決まってるでしょ? 工程が定まってないのよ。他にも危なっかしいところも半端なくあるし」


「ああ、工程のお話ですね。それならそうと」

「アナタ私の話、聞いてるんだよね?」

「もちろん、いつもお嬢様の背中を目で追っています」


 両手で頬をおさえ、ささやくように口にする。やめてこわい。


「ごめん、さすがに気持ち悪いからソレ以上はやめて」

「もちろん、冗談です。てへっ」


 リアはペロリと舌を出し、自分の手でコツンと頭をうつ。


 はい、テヘペロいただきましたー。ちょっぴりムカついたので、私みずから全力で殴っていいですかー?


「さて遊びはこれくらいにして。そうですね、作業員ごとにばらつきが大きいように感じます。これは作業手順や方法が定まっていないのももちろんですが、設備自体にも少し工夫をしたら改善する可能性がありますね」


 急に真面目モードにならないで。ついていけない。しかしこの子、冗談という自覚があったのか。新鮮な驚きだ。


「ん、じゃその工夫についてここの工場の人と話してくれる? あとヘレン。折り入ってお願いがあるの」


 ヘレンがたいへんですね、とニコリと笑いかけてくる。アナタだけだよ理解してくれるの。


「この街の景気と、漁業について調べておいてくれない?」

「今度は漁業ですか。お嬢様は色々知りたがりですね」

「そんな事ないよ~」


 そんなときだ。リアと話していた作業員が、突然なにを思ったのか機械を指差して近づいていき、あれこれと説明しだした。いや、稼働中の機械だよそれ!?

 リアが慌ててやめさせようと呼ぶ。


「ちょっとアナタ何やってるのやめなさい!!」


 私の声と作業員の悲鳴が同時に工場に響いた――。




 一時間後、事態が落ち着いてから、リアが深々と頭を下げてきた。


「申し訳ありませんお嬢様。私がそばに付いていながらあのような」

「起きてしまったことは仕方ないよ。それにリアにも予想できなかったでしょ?」


「は、はい。まさかいきなり回転体に手を近づけるとは思っていませんでした」(※文末「回転体」参照)


「ま、何にせよ指の骨折程度ですんで良かったわよ。下手すれば片腕持っていかれる、ともすれば身体全体巻き込まれるところだったんだから。で、なんであんなことを」


「はい。先程私が言った、設備に対しての工夫を提案した途端、彼が動き出して」

 うなだれながら答える。やはり責任を感じているんだろうか。


「やっぱりここの不良率は設備の問題ではないようね」

「というと、標準の準備などが必要と?」


「そうなんだけれど、それ以前の問題。それに他の工場もそうだけれど、やっぱり安全教育を徹底してリスクに対しての感度を上げる必要があるっておもう。それと、この際だから設備側にも対策したいな」


「そんな対策、あるんですか?」


「機械安全という考え方があるの。機械が関係する災害っていうのは、どれだけ整備された状態でも全体の災害の二割程度を占める。特に製造業では四割に倍増するわ。で、機械での災害は、より大きなケガや死亡災害になることが多い」


 リアが息を飲む気配がした。肌で感じていたのだろう、真剣に聞いてくれている。


「けれど機械は使用状態を予め想定しやすい。だから設備の稼働前、ううん、操業中でもかまわない。しっかり安全面での検討を行って、保護の方策をとって安全に使用できさえすれば、機械災害の大部分は防止することができる。そのために行うのが『リスクアセスメント』。潜在的な危険性又は有害性を見つけ出し、これを除去、低減するための手法だよ」


 伝えながら、黒板にざっと手順を書く。手順は大きく分けて四つ。しかし今日は近くに木箱があってよかった。足場に事欠かない。


「一つ目として、まず危ないもの、厄介なものを特定する。これらをハザードと呼ぶわ」

「ハザードってなんです?」

「労働者に負傷や疾病をもたらす物や状況をさす言葉よ」


 カツカツと書き進める中、チョークの粉がパラパラと落ちていく。


「二つ目はそれらのリスクを個別に見積る。リスク評価だから、ハザードの重篤度と発生する可能性の掛け算で考えるようにするの」


「リスクに重みづけをしたほうが」


「もちろんそうしたほうがいいわね。次の手順にもつながるから。三つ目として、リスク低減の優先度決めと低減方法の検討を行うの。さっき算出したリスクの度合いに合わせて優先度を決めていけばいい。リスクの重要度にあわせて重みづけすることを忘れずにね」


「単純に掛け算の値で問題ないでしょうか」


「掛け算がいい悪いでなく、評価が公正、一定であればなんでもいいわ。最後にリスク低減の実施。順番として、まずは計画設計段階でのリスクの排除ができないか検討する。基本的には設計時、つまり工場を作る際に検討できたらもちろんすべきだからね。でも今回は除外」


「なんでです?」

「だって工場稼働してるじゃない」

「あ、そうか」


「次にインターロック、いわゆる安全装置などの工学的対策を取る」

「入れないように柵を設置するとか危ない所にカバーするとかですね」


「そういうこと。それも無理ならマニュアル整備などの管理的対策をとる。それさえ無理ってなったら初めて個人用保護具の使用を検討する。まぁ、こんな流れよ」


 詳しくは中災防や厚生労働省のページを見てね……って言いたい! けれどこの世界にそれはない! やっぱ整備するしかないか……!


「基本は設備、材料、作業方法、人材などに変化があった時点で行うべきこと。あと変化がなくとも定期的に実施したいわね」


「なるほど。機械安全、ですか。それをこのような考え方で整理すると。たしかに、これだと検討が漏れにくいですね」


 リアが黒板を眺めながらうんうんと頷く。

「今回のケースでいくと、安全装置(インターロック)が適当かもしれない。まず機械の周りを柵で囲う。そして運転台を柵の外に設置する。運転するためには運転台に鍵を差して運転状態にしないと作動しないようにする。もちろんその状態では鍵は抜けない」


 カツカツ、と黒板に設備の模式図を描きながら説明する。


「お嬢様、絵もお上手。っと、故障時などはその鍵を抜くことによって、柵の中に立ち入るときは動作しない状況を作るということですね。なるほどそれは安全そう」


「更に柵には鍵をつけて、運転台の鍵でないと開かないようにするのよ」


 チョークを置いて手をパンパンと払う。


「柵の鍵も解錠時には鍵が抜けない状態にできるなら、対策としてはかなりイイ線なんじゃないでしょうか」


 リアが満足そうに笑った。


「設備に施す対策はこのあたりにしておいて、後はマニュアルや教育を考えよ?」




 結局品質が安定せず不良が多い原因は設備でなかった。安全教育が全くされてない点や、作業の標準がないことが原因だ。


 これも手紙のやり取りだけでは見えなかった。今回は現場に人がいたことも、混乱に拍車を掛けたのかもしれない。たとえ人がいたところで、感度のない者が見聞きしていたならば結局は見えていないのと同じだろう。


 おじい様からのプレッシャーもあるのだろうけれど、結局父の取るべきだった行動は初手からおじい様への報告だったのだ。


 適切に「見れる」者が『現地』『現物』『現実』の三現を意識することにより、さらに真因に近づきやすいのだ。


 私たちが今回、この工場に急ぎ来たことは決して間違いではなかったとおもう。



 さらにリスクアセスメントは、この工場にとって大きな意味を持った。


 自分たちの職場の潜在的なハザードが明らかになったため、そのリスクへ一丸となって対応するための機運が高まった。そしてリスクを低減させる意識が芽生え、残ったリスクに対しても作業者個人個人がそれぞれ守るべきことの意識付けがなされた。


 なにより全員参加の活動となったため、全体としてより安全感度を高めることができた。これは嬉しい誤算だろう。


 帰り道の馬車で一人物思いにふけりつつ悦に浸っていると、不意にヘレンが声を掛けてきた。目を開けるとなんだか若干機嫌が悪いのか、頬を膨らませている。


「え、なに、ヘレン?」

「やっぱり忘れてますね、お嬢様」

「……なんだったでしょうか?」


「漁業やら調べてこいって、おっしゃいましたわよね!?」


 あ、そうでしたすみません。





■文中の注釈(フランの主観も多少入ってるけど、別にいいよね?)


「回転体」

 ベルトの軸、搬送機のローラー、旋盤、フライス盤の刃など、ぐるぐる回るもの。妖怪吸い込み魔神。現場にはありとあらゆる回転体があり、隙あらば吸い込もうと虎視眈々とアナタを狙っている。


 手指から腕、身体全体までなんでもござれ。手袋が吸い込まれたら、まずは指の二三本は折れるので気をつけるように。


 とりあえずは動いている回転体にはなるべく近づかない、絶対に触れない。約束だからね。


最後までありがとうございます。


リスクアセスメントについて取り扱った話となりました。

労働安全衛生法により、リスクアセスメントの実施は事業者の努力義務となっていますので、もしかしたらご経験がある方もいらっしゃるかもしれませんね。

今回は完全な説明回というか、リスクアセスメントの紹介文みたいになってしまいました。物語に昇華できていない感が半端ないのでリベンジしたいものです。


次回はおまたせしました!(待ってない?)ペトラちゃん再び登場です。

規模が大きくなってきた個人商店がそろそろパンクの危機です。どうやって解決するのか?


お楽しみに。


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引き続きのご声援、よろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 回転体は怖い……! あれは小さいサイズでも、大抵は指の骨くらい簡単にへし折るトルクが掛かってるので油断は禁物ですね。 今回もまたフランちゃん様が活躍! だんだん人や工場に指導するのが様に…
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