203話 危獣氷兎ツンドラ 後編
シン達の目の前には血走ったツンドラがいた。
口からは大量の白い息を漏らし、全身で呼吸するように肩が大きく動く。
その様子は明らかに今までとは違い、誰がどう見ても頭に血が昇っているのだと分かった。
「まずいな。ありゃあキレちまってるぞ」
「どうする? このままやるのか?」
「やるだろ! その為に俺様がここにいるからな!」
エルフィンの問いにグラートが答える。
「それにあの状態のツンドラが我々を簡単に見逃すとは思えません」
「そうですね」
「うん。明らかに怒ってる」
と、その時、ツンドラがシン達に視線を向けた。
「来るぞ!」
「っ…!」
全員が身構える。
と、ツンドラは四足歩行で一気にシン達へ迫る。
さっきまでのツンドラは後ろ足の二本で兎のような山なりで移動する感じだったが、今は獣のような汚い四足歩行で物凄い勢いで迫ってきていた。
「レイオーネ、狙えるか?」
「やってみる」
ゴウキは盾の神器を構えながら、レイオーネはツンドラへ銃口を向ける。
その時、レイオーネの瞳にはツンドラの移動の時に触れている雪の地面が一瞬にして凍っているのが見えていた。
このままだと一瞬で凍って殺される。
そう思ったレイオーネは少し緊張したまま狙いを定めて引き金を引いた。
すると、今までと同様引き金を聞いた瞬間にバンという銃声が鳴り響いた。
が、弾丸がツンドラに当たることはなく、そこに居た筈の場所に向かって着弾し地面を抉った。
「避けられた!」
レイオーネが珍しく慌てた様子で自分の上の方へ視線を移す。
と、そこには既に腕を振りかぶって攻撃しようとしていたツンドラがいた。
しかし、
「ここは俺が」
そう言ってゴウキが盾の神器でその攻撃を受け止める。
すると、その瞬間、盾を持って宙に浮いていた拳が力に押されてグッとゴウキの方まで近付くと同時に氷がツンドラの腕を伝うように侵食していった。
「こいつとんでもねえ力だ…」
ゴウキはなんとか自分の目の前でツンドラの攻撃を静止して見せたがその表情に余裕はなさそうだ。
「大丈夫か!」
「はっ!」
「!」
それを見たグラートとシン、レイオーネがなんとかツンドラをゴウキから付き剥がそうと攻撃をする。
グラートの戦斧とサニアの斬撃、レイオーネの銃弾。
この三つがツンドラを各方面から同時に襲い掛かる。
が、しかし、ツンドラはその攻撃を自身の周りに氷の壁の盾を作ることで防いで見せた。
「そんな…」
「参りましたね…」
「こいつのこの氷の壁を壊しながら攻撃するのはかなり骨が折れるぞ」
「クア!」
サレサがツンドラへ電撃を放電する。
と、今度は氷の壁ではなく、自分の足を動かして電撃を避けた。
「動きがさっきまでとは比べ物にならないな」
シンがそんなことを言っていると今度はツンドラが前足を大きく上げて、そして、地面へと叩きつけるように振り下ろした。
すると、その地面から氷がどんどん突き出てシン達へ迫ってきた。
「こいつさっきから…」
と、ゴウキは大剣を持って地面へ突き刺す。
すると、地面から鋭い岩がどんどんと突き出ていき、迫ってきている氷と打つかった。
お互いの岩と氷はそれぞれを飲み込もうと押し合い、ギギギという音を立てながらその勢いを殺していった。
「なんとか止まったか」
「危なかったな」
全員が何事もなくてほっとしている中、
「俺達の真似してやがるな…」
ゴウキは怒りを募らせていた。
「真似?」
「ああ。あの氷の盾も今の氷の攻撃も全部俺の盾とさっきの岩でツンドラを攻撃した時の攻撃を模した攻撃だった」
「ああ…言われてみれば」
「確かにそうかもしれないがそれがどうした?」
「つまり、こいつは俺達のことを舐め腐っているってことだ」
「何?!」
「それだけ余裕があるってこと…」
「ああ、そういうことだ。見た目は派手になったようで頭は常に冷静に状況を判断しているんだろう」
「どうやらかなり頭が回る魔物らしい」
ツンドラを見ると同じく様子を見るようにじっくりとシン達を見返すツンドラ。
「何考えてるか分からない不気味さがこいつにはあるな…今までの危獣とは違ったタイプだ」
と、その時、今までシン達を見つめていたツンドラが天へと視線を逸らした。
それはわざと隙を見せているかのようで、普通の魔物だったらすぐに攻撃していくグラートも警戒していた。
「……」
警戒するシン達。
と、その時、ゴウキの耳がピクリと動いた。
「音が変わった。何か来るぞ!」
「何か?」
「何かって何よ?」
そう聞かれたゴウキだったが、音に集中して返事はない。
が、その時、
「全員避けろよ! 槍みたいなのがかなりの数飛んできてる」
「槍?」
空から無数の氷の槍が周囲一帯に振り始めた。
「おわっ?!」
「っ…!?」
戸惑うシン達。
と、それを見ていたツンドラは再び前足を大きく振り上げる。
またあのさっきと同じ攻撃をするつもりなのだ。
「クソ…さっきのそのまま喰らったら全滅だ」
ゴウキは大剣を手に持ち、盾を傘のように空の方へ向けて準備をする。
それとほぼ同時に丁度ツンドラが前足を振り下ろして地面へと叩きつけた。
それからは先程同様地面からシン達へ迫るように氷が飛び出してくる。
ゴウキはそれを見るとそれに合わせるように大剣を地面へと突き刺した。
氷の槍が降る中、岩と氷の二度目の衝突。
結果は先程と変わらず、お互いの間で打つかり止まった。
「ゴウキ! このままだと埒が明かないぞ!」
「そうだな…一気に短期決戦に持ち込むか…」
「やるのか?」
「氷の槍が降る中、伝説の危獣を倒す俺。うん、カッコいいぜ!」
「こんな時にふざけたこと言わないの!」
「クア」
「どうするの?」
「お供いたします」
「…作戦なんて上手くいくわけねえか……よし、なら今のうちやるか! 早くしないとこの槍に串刺しにされるかもしれないからな」
ゴウキはそう言うと周囲に拳を出現させ、ポケットから神器を取り出していく。
「さあ、ここからが本番だ。覚悟しろよ、このやろう」
ゴウキがそう言いながらツンドラを見ると、ツンドラも体勢を低くしてやる気を見せる。
「やってやるぜ!」
ゴウキの周りの十の拳が神器を持つ。
「ここからは気合いだな」
「ああ」
「だな」
「行くぜ!」
ゴウキが盾を傘にしながら氷の槍の雨の中をツンドラ向かって駆け出す。
と、シン達もそれに続くように駆け出した。
ツンドラはそれを見ると口から白い冷気のブレスを吐き出す。
すると、ブレスが通った地面が一瞬にして凍り、その部分から白い煙が昇っていた。
しかし、ゴウキはそれを分かっていたのか大剣を地面へ躊躇なく突き刺すと今まで同様にブレスの前に大きな壁を作る。
それによってツンドラのブレスは行手を塞がれ、逃げるように四方へ分散した。
と、その時、レイオーネがその隙を狙って弾丸を発射する。
ツンドラはそれに気が付きはしたものの避ける暇はなく、首元にその弾丸を受けて後退した。
「今のうちに」
レイオーネがそう言うと次に備えて構える。
みんなはレイオーネが時間を作ってくれている間にツンドラとの距離を確実に縮めていた。
「俺が一番乗りだ!」
そう言って最初にツンドラへ切り掛かったのはグラートだった。
グラートは目の前にいるツンドラ目掛けて戦斧を構える。
と、それに合わせるようにレイオーネの銃声が聞こえた。
その瞬間、ツンドラは先程同様に体を少し後退させる。
「あんがとよ!」
グラートはその隙に構えていた戦斧を袈裟斬りで振り下ろした。
それを察知したツンドラは自身の周りに氷の壁を作ったが、それはグラートの馬鹿力によって一瞬で破壊され、そのままツンドラの体を斬り付けた。
すると、ツンドラの悲鳴と共に斬られたところから血が溢れ出る。
その血は真っ白だった雪を赤に染める。
が、しかし、
「その血。利用させてもらうぞ」
そう言ってエルフィンが血で赤く染まった雪の部分を掠るように逆袈裟斬りで攻撃する。
すると、雪を染めたその血に触れた一瞬で血だけを吸収したティルボルグがツンドラの体を斬った。
それからすぐにコナン、ゴウキがツンドラを攻撃する。
エルフィンによって斬られたツンドラは足元の二人に気が付かず、それぞれ両後ろ足に致命的な傷を負わせた。
「グオオオオ!!!」
冷気を周囲に撒き散らしながら悲鳴を上げるツンドラ。
シンとレンも攻撃に続こうと思っていたが、冷気によってそれは断念。
しかし、
「これでも…」
シンはツンドラから離れる際にサニアで斬撃を飛ばした。
「クア!」
それと合わせるように近付いていたサレサも電撃で追撃する。
すると、二人の攻撃は悲鳴をあげていたツンドラに命中し、動きを封じた。
そして、そこにレイオーネの弾丸も直撃しツンドラを吹き飛ばした。
「よし」
「かなり効いてるだろ」
「そうであって欲しいな」
と、そんな会話をしていると吹き飛ばされた方から咆哮が聞こえた。
視界の悪い吹雪の中で聞こえるその咆哮はシン達を警戒させた。
が、しかし、
「思ったより傷が深かったみたいだな」
視界の悪い中見えてきたのは口から白い息と共に血を垂らしているツンドラ。
両後ろ足を斬られている所為かシン達に向かってきている足取りが覚束無い。
そこには手負いの猛獣がいた。
「このままやっちまおうぜ!」
グラートが戦斧を構える。
しかし、そんなグラートをエルフィンが制止した。
「待て。そうやって油断している時が危険だ。獣はいつもその一瞬の隙を狙っている」
「そうだ。ここはあくまで冷静に、確実にいくぞ」
と、その時だった。
今までゆっくりとシン達に近付いてきていたツンドラの歩みが止まった。
「なんだ…」
「何かしてくる気かも…」
レンは警戒してリナザクラを構える。
すると、ツンドラは天を向いてじっとする。
「…ゴウキ、どうする。何かする気だぞ」
「分かってる。さっきから降ってた氷の槍も止んでるしな。今のうちに…」
その時だった。
ツンドラは天へ向かって低い音の咆哮をした。
それは今までの咆哮とは少し違い、何故かシン達を嘲笑っているかのように聞こえた。
「急ぐぞ!」
ゴウキは野生の勘で走り出した。
すると、遅れてシン達も走り出す。
一歩、また一歩と近付く中でツンドラから血が溢れるように流れているのが分かった。
どうやらコナンの毒が効いているらしい。
が、それは唐突にきた。
「?!」
「なんだ?!」
地鳴りと共に地面が大きく揺れる。
すると、シン達とツンドラを空まで隙間なく半円のドーム形で囲むように氷の大きな壁ができた。
かと思えばその壁はどんどんシン達のいる内側へと迫ってくる。
「おいおいおい! どうすんだよこれ!」
「っ!?」
閉じ込められた檻の中にいる状態のシン達。
「氷の壁で俺らを潰すつもりか」
「なんとかあの壁を壊せないか?」
「厚すぎて無理だろう。それにあれはただ迫ってきてるだけじゃなくて更に凍らせながら迫ってきてる」
「凍りながら近付いてるのか…」
呆然と迫ってくる氷の壁を見るシン。
(どうする…何か、何か方法はないか…)
「どうすんだ?! 穴でも掘るか?」
「穴か…いや、さっきの地鳴りやこの揺れからして地面まであれは繋がってるんだろう」
「じゃあ、どうすんだよ!」
「このままでは潰されてしまいますね…」
「っ…」
と、その時、
「でもそれならツンドラ自身も潰されることになる筈」
重い雰囲気の中、レイオーネはいつもの口調で言う。
「確かにそうだな」
「なら、ツンドラがいる場所が一番安全かもしれない」
「それは一理あるな」
「おお!」
「それに今俺達にできることはツンドラをどうにかするぐらいしかない。これがあいつが死ぬことによって止まるならそれでいいわけだしな」
「なら俺達がやるべきことは」
「ああ。潰される前にツンドラをなんとか倒す、だ」
「分かりやすくていいぜ!」
そう言うとグラートが走り出した。
それからシン達も一斉にツンドラ目指して走り出す。
「グルルウ…」
そんなシン達へツンドラが視線を向けた。
すると、ツンドラの周りから氷の柱が地面から突き出る。
それがシン達へ迫るようにどんどん突き出てきた。
「よっと」
それを躱すとシン達はツンドラに迫る。
しかし、
「ガルアア!!!」
ツンドラは咆哮と共に自分自身を氷の中へ閉じ込めた。
「何やってんだ?」
「こいつまさか…」
ゴウキがツンドラへ攻撃する。
が、今までとは違い分厚い氷の壁にゴウキの攻撃は刃が通らず弾かれた。
「まずいな。このまま俺達が潰れるまで黙っておくつもりか…」
「何?!」
ツンドラを覆う氷はどんどん厚くなっていき、より攻撃が届かなくなっていく。
「どうする…どうする…考えろ〜…」
ゴウキが腕を組みながらその場をウロウロと歩きながら策を練る。
「どうにかしてこの状況を打開しなければ」
「ですが、ツンドラ本人を攻撃できないのでは為す術がありません…」
そう言っている間にも着々と狭まる氷の壁。
「ツンドラがダメなら壁の方を攻撃するのは?」
「壁にか…やってみる価値はあるかもしれないけど…」
「迷ってる暇ねえぞ?! このままだとぺちゃんこだ!」
頭を抱えるグラート。
「とりあえず一度、壁を壊せるかやってみよう」
「そうだな」
「クア」
それからシン達は氷の壁の一点目掛けて何とか穴を開けられないか試してみた。
が、しかし、
「硬すぎるだろ…!」
シン達の攻撃は虚しく、氷の壁は少し削れるだけで脱出には至らなかった。
「くそ…まさかこんな形で苦しめられるとは思わなかった」
「誰も氷に押し潰されそうになるなんて予想できないからな」
(でもどうする…このままだと本当に潰されて殺されるだけだ。何か方法は…)
「そうだ! 一度ルネイリアに戻るってのはどうだ?」
「あそこにですか?」
「多分できないんじゃないかな? 障害物があると転移できないって前に言ってた気がするし…」
「え〜!? 氷なら行けるとかあるだろ。頼む! 戻してくれ! 転送! 転移! ジャンプ! シュバ! ビューン!」
「そんなんでここからは逃げられないと思うけど」
「じゃあどうすんだよ!」
「……あの神器があればみんなを…」
(あの神器…って瞬間移動するサーベルの神器のことか…確かにあれがあればこの状況は打開できるかもしれない。もしかして持ってこないとダメだったのか? 俺は間違ったのか…?)
後悔の念が込み上げるシン。
と、その時、
「大丈夫?」
そう言って声を掛けてきたのはレンだ。
「…正直、どうするべきだったのか後悔してる」
「……まだ終わってないよ!」
「え?」
「まだ終わってない! 私達にやれることはまだある筈だよ!」
「レン…」
(やれること…そんなのあるのか? この状況を打開できる方法が…)
「私に考えがあるの」
「考え?」
「みんな、ツンドラのところに集まって」
「ん?」
「集まればいいのか?」
「構わないが…」
「私達にはまだ仲間が居るでしょ?」
「仲間…シエスタか?」
「うん。実はシエスタから聞かされてたことがあるの」
「聞かされてたこと?」
「ルネイリアのもう一つの能力」
「能力?」
(そんな話聞いたことがないけど…)
「とにかく早くツンドラまで。緊急事態だからシエスタが気が付いてくれないと…」
それからレンに言われた通りツンドラのすぐ側まで移動したシン達。
「ここでみんなルネイリアに帰りたいって思って」
「ん? でも、戻れないんだぞ?」
「いいから」
「おう」
レンに言われるままルネイリアへの帰還を思う。
「これでシエスタに全員が戻りたいと思ってるのに戻れないって状況が伝わった筈」
「んでどうすんだ?」
「みんな、急いでここから離れるように走って! 今すぐ!」
「はあ!?」
「どうしたいきなり?」
「いいから! 死ぬわよ!」
「え!?」
シン達は訳が分からないままツンドラから距離をとるように四方八方に走り出す。
(一体、レンは何をしようとしてるんだ?)
と、そんなことを思っていたその時、ツンドラの真上から淡い光の柱が注ぎ込む。
「なんだ…」
次の瞬間、光の柱通りに青白い光の波動砲が放たれツンドラを飲み込むと、その衝撃によってシン達は吹き飛ばされた。
「いてて……」
頭を撫でながら起き上がるシン。
すると、周りを囲んでいた氷の壁は崩れ、吹雪も止んでいた。
「っ!」
と、そこでシンの視界にとある光景が飛び込んできた。
それはツンドラが居た筈の場所に大きな縦穴ができていたのだ。
「シン!」
縦穴に驚いていたシンへレンが駆け寄ってくる。
「大丈夫だった?」
「ああ。それにしてもこれは…」
「うん。これはルネイリアの奥の手」
「奥の手? じゃあ、これはシエスタが?」
「そう。前に教えて貰ってたから。いざと言う時は全員で私を呼んでって」
(そうだったのか。知らなかった)
と、その時、吹き飛ばされていた他のみんなも集まってきた。
「いきなり走り出せと言われて走ってたらこんなことになるなんてな」
「口の中に雪が入ってたよ…」
「大丈夫?」
「何とかなってよかった。本来ならどうなっていたか…」
「今回はシエスタに大きな仮ができたな」
「ああ」
「これで残す危獣は後二体。この調子で行けば被害を最小限に抑えられるかもしれません」
「そうですね」
「けど、次の危獣へ向かう前に行かなきゃ行けないところがある」
「フロリアが言ってたこの近くのダンジョンか」
「ああ」
(もしかしたらそこにアセフが居るかもしれない。初めて会った場所だからな)
「それじゃあ、少し休憩した後に向かおう」
「うん」
それからシン達はルネイリアに一度戻り、半日しっかりと休憩をしてダンジョンへと向かった。
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