確信
ユーリに調査を任せてしまってから一ヶ月。
険しい表情で、ユーリが近付いてきた。
「トキ様、先日の調査の件ですが、一つの可能性が浮上しました。」
「可能性って?」
「まだ、証拠があるわけではありませんが、何者かにより細工が施されているために事故が起きていると考えられます。」
ユーリの口からでたのは、考えもしない答だった。
「証拠があるわけではないならどうしてそう思ったんだ?」
「以前にもそういうことがあったからです。」
「以前にも?うちでか?」
そんなことがあったとは初耳だ。
僕の耳に入っていてもおかしくないことなのに・・・
「いえ、こちらではなく、私の家でかつて起こったことです。」
そう言ってユーリが話し出したのは彼女の姓、トリアノン家に起きた悲劇だった。
聞いて納得できることも多くあった。貧しく育ったにしては彼女の所作は洗練されていたし、博識だった。
それらも、元は良家のお嬢様だったのなら頷ける。
それにしても、ユーリの両親が優しい人で良かった。
恐らくユーリほどの美しさなら、ユーリを後妻とすることと引き換えに融資の手を差し延べる人達も多くあったことだろうし、それを受けていれば、そのお金で時間稼ぎをしているうちに、問題を解決することが出来ていただろう。
その甘美な誘惑を振り切って、家族揃って一からやり直すことを決めるのは大きな勇気がいったことだろう。
その上、ユーリの夢を叶えるため、両親だけでなく皆が協力しあったからこそ、今ここにユーリはいるのだ。
そう考えるとユーリに関わってきた全ての人に感謝せずにはいられなかった。
だがとにかく問題は今だ。
せっかくユーリが過去の経験をもとに気付いてくれたのだ。
そして、その考えが正しければとんでもないことになる。
今問題になっているのは、家具ではなく車なのだ。
車は単なる品質の問題以上に命の問題となる。
その内、死亡事故が続くようになれば、その与える影響は単に自動車業だけでなく、サンジェルマン家全体への信用の失墜へと及んで来る。
それだけは何としても防がなければならない。
どうすればいいんだ?
ユーリが言っていたと言えば父さんも今度こそ信じてくれるだろうか?
「トキ様、私は引き続き調査を進めます。今度こそ確たる証拠を掴むために。なので、トキ様はこの推測を旦那様に伝えて頂けますか?
旦那様が本気にしようとしまいとどちらでも構いません。ただ私があらゆる資料を目にすることができるようにお話いただけますか?」
「それだと、またユーリに任せっぱなしにしているみたいだけど、仕方ないね。
僕は僕に出来ることをするよ。だけど手伝えることがあったらいつでも言ってね。ユーリの推測が正しければサンジェルマン家の危機なんだから、僕が忙しいとか考えている場合じゃないんだからね。」
「分かりました。よろしくお願いします。」
そう言って一礼するとユーリはまたどこかに行ってしまった。
とりあえず僕は父さんと話をしなければ。
幸運にも、今日は父さんも余裕があったようで、書斎を訪れるとすぐに入れてくれた。
それどころか訪ねて来たことを嬉しそうにしながら用件を聞いてきた父さんに、さっきユーリと話していたことを伝えると、にこやかだった父さんの表情が見る見るうちに厳しいものへとなっていく。
全てを話終えると、父さんはようやく口を開いた。
「お前だけでなく、ユーリも最近の状態に疑問を抱いているとはな。
しかも、ユーリに関しては実家の凋落という、身をもって体験しているのだし、残念だがお前達の予想も正しいのかもしれない。」
「じゃあ・・・」
「情報に関してはいつでも資料を持って行って構わないし、それでも分からないことがあれば聞くといい。
私の方でも調べを開始する。」
情報はいくらでも手に入れられて、父さんに直接話を聞くことができる。そして何より父さんも調査してくれるなんて、僕らの希望を遥かに上回る収穫に胸が躍る。
早く、この朗報をユーリに伝えたい。
「ありがとうございます。それでは失礼します。」
「こっちこそありがとう。トキ、今回はお手柄だったぞ。引き続き気を引き締めていけ。」
部屋に戻ると不安そうな顔をしたユーリが駆け寄ってきた。
「トキ様、どうでしたか?」
「ユーリ、やったよ。どんな資料も見ていいし、父さんから直接話を聞くこともできる。それに父さん自身が調査に乗り出してくれることになったんだ。」
先程の話を伝えるとさっきの父さんとは逆に、不安そうな表情が一転して、久しぶりに僕が好きなあの笑顔に変わった。
その久しぶりの笑顔に引き寄せられて、思わずユーリを抱きしめる。
驚きからかユーリが抵抗しないことをいいことにその唇に僕のそれを重ねる。本当に久しぶりのこの感触。そっと目を開ければ頬を上気させたユーリの表情が目に入る。
そのことに気分を良くしてさらにその先に進もうとした瞬間、腕の中にいたユーリに突き飛ばされ、不意を付かれた僕は、その勢いのまま尻餅をついてしまった。
「もっ、申し訳ありません。」
「いや、ユーリは悪くないよ。僕の方こそごめん。ユーリにはジェームスがいるのに。」
自分で言いながら現実を思い出す。
今、ユーリの心の中にいるのは僕ではなく、ジェームスなのだ。それなのに、あんなことをするなんて僕は最低だ。
「えっ、ジェームスですか・・・?
・・・そうです、今でもトキ様とこのような関係であると彼に知られては困るのです。」
だけどユーリから返された言葉はなんだかちぐはぐだった。
ジェームスのことは忘れていたみたいだし、知られたら困る?
知られる、知られない以前にユーリの気持ちはどうなんだ?
普通、好きでもない相手からあんなことをされれば、それだけで嫌なはずだ。
思い付くままにユーリに伝えれば、ユーリは目に見えて動揺した。もはや紡がれる言葉全てが疑わしい。
ユーリは何か僕に隠している。
そう確信したからには、もはや放っておくわけにはいかない。




