変化
ユーリを傷つけて、だけど最後の一線は踏越えられないまま、ユーリとの関係が終わってしまった。
ユーリはずっと一緒に居てくれると思っていたのに、その想いはあっさりと裏切られた。
ユーリと本当の意味で恋人として居られた期間はどれくらいだっただろう?
想いを通じ合わせられないでいた期間の方がずっと長くて、幸せだったあのときはほんのひと時しか与えられなかった。
違和感を感じながらも聞かなければよかったのだろうか。
見ないふりをし続ければ、ユーリは僕と一緒にずっと居てくれたのだろうか。
明日からはもう一緒には居られない。
そんなことはない。
今までだってただの友達でいた時間の方がずっと長かったのだ。
僕さえ、ただの友達に戻りたいと言えば、ユーリが断るはずがない。
少なくとも、僕を嫌いになったわけではない、という彼女の言葉を信じたい。
それに、ユーリが心変わりしてしまったのなら、また振り向かせればいいだけの話だ。
もちろん、今すぐに行動を起こすような真似をしてしまえば警戒されてしまうだろうけど、最初は本当に友達に戻ったのだと安心させるところから始めよう。
それと同時に、何としても僕は僕でウェストファリア嬢を何とかしなければならない。
次にユーリに手を伸ばす時までに少なくとも僕の方には何の憂いもないようにしておきたい。
早速ユーリに、僕の気持ちを伝えると、戸惑いながらもうれしそうにうなずいてくれた。
だからと言って、べたべたしすぎてはいけない。
このさじ加減が難しいけれど、要するにエリックやアートにされても不快にならない程度なら、友達としての距離感ということになる。
決意を新たにして一カ月、もうとっくに高等部最後の一年が始まったけれど、相変わらず僕たち五人は一緒にいる。
エリックにもアートにも何も言ってはいないけど、彼等は何かしら感じているようだった。
五人で一緒にいるということは、ユーリとジェームスが一緒にいるところを見ていなければならないということでもあるけれど、思っていたほど苦しくはなかった。
僕の願望なのかもしれないが、二人が友達以上の関係には到底見えなかったからでもある。
ユーリとは約束した通り、昔のままの仲のいい友達の関係を保っているので、表面上僕とユーリ、ユーリとジェームスの関係には殆ど差が無いようにも思えた。
家に帰ってからも以前と全く変わらない。
むしろユーリとの別れの前のぎこちない空間よりはずっと居心地のいい、時間を過ごすことができた。
ただ、唯一以前とは異なっているのは、ユーリには一切触れないようになったことだった。
うまく友達に戻ることには成功したが、それ以上一向に進まなかった。
表面上ユーリは諦めたことになっているから、ウェストファリア嬢とも当たり障りのない関係を続けているし、少しでも僕自身を認めてもらおうと始めた仕事の手伝いも、失敗もなければ大きな成果もないといったところだった。
やはり、ユーリの言うとおり、僕の考えは甘かったのだろう。
あの頃は少し頑張れば成果はでて、父さんには僕自身の力を認めてもらえて政略結婚は免除してもらうことなど、難しいことではないと考えていた。
失敗をしないようにするだけでもこんなにも大変なのに、認めてもらえるほどの成果など夢のまた夢だ。
良くも悪くも変わらない、そんな毎日を過ごすうちに、違和感を感じるようになった。
サンジェルマン家は古くからある家柄で、今でも手広く様々な分野に進出している。
最近増え始めた自動車もその一つだ。
元々自動車製造は本格化したばかりというのもあり、事故は頻繁に起きていた。
道の整備も完全とは言い難いし、作っている側も手探り状態なのだからそれもしょうがないともいえた。
そんな中でもサンジェルマン家が制作している自動車は、少しばかり値段は高いが、事故がほとんど起きないということで評判だった。
正直なところ、デザインやスピードでいえば、もっと上を行く自動車を作るところもあったが、事故が起きないという点においては、サンジェルマン家に勝るものはなかった。
それなのに、ここ数カ月毎月のように1件か2件の事故が起きている。
それだって、同じ規模の会社ならば月に10件以上は事故が起きていることを考えれば、月に1件か2件などかわいいものだ。だけど、サンジェルマン家の作る自動車では今まで数カ月に1件事故が起きるか起きないか、というレベルだったのだ。
それが毎月。
何かおかしいとしか思えなかった。
これは自分で考えているだけではだめだ。
そう思い、父さんに聞いてみることにした。
「あの、父さん家で作っている自動車について聞きたいことがあるんだけど良いかな?」
「もちろんいいさ。だんだんとお前もただ言われたことをこなすだけでなく考えるようになってきたということだな。で、聞きたいこととはなんだ?」
「うん、ここ最近家で作っている自動車の事故が多すぎるような気がするんだけど。」
「そうか?ちょっと資料を見せてくれ・・・いや、多すぎるということはないだろう。ほかの会社では月に10件以上は出ているが、家はまだ1件か2件だ。気にすることもないさ。」
「だけど、今まではほとんどなかったじゃないか。それが毎月なんておかしくない?」
「まぁ、偶然だとは思うがな。一応これからも気にしておくことにするよ。これが続くようなら何かしら考えなければならないだろうし。」
一応気にするとは言ってくれたものの、その表情からは深刻にとらえているとは思えない。やはり僕の考えすぎだったのだろうか。
どちらにせよ、父さんがこういう以上これ以上話を続けていても意味が無い。
そう思い話は切り上げることにした。
「わかった。ありがとう。大切な時間をごめんね。」
「いや、構わないさ。むしろこれからも気になったことがあればどんどん聞いてほしい。いつかはトキが全てを背負っていくのだから、少しずつ考えるようにしてくれ。
そうだ、トキも会社の事について考えるようになってきたわけだし、そろそろ正式発表もしておこうか。」
「正式発表って何のこと?」
今をやりくりすることに夢中になりすぎていた僕は変わる、ということを何も考えていなかった。
「もちろん、ウェストファリアの御令嬢とトキの婚約発表の事だよ。まぁ、隠してはいなかったから知っている人も多いだろうが、そろそろ正式に婚約披露パーティも行おうか。」
「そんな、待ってください。僕たちはまだ学生です。いくらなんでも早すぎます。」
「早すぎるということはないさ。もう高等部も最後の学年だろう。トキは大学にも行くとしても彼女はそのまま家庭での花嫁修業となるだろう。そんな時、相手が決まっていないようでは、御令嬢として恥ずかしいではないか。だからそろそろ正式に発表して、彼女にはトキの婚約者として卒業後も頑張ってもらう。そのつもりだ。」
「でも、僕は・・・」
「ユーリ以上に大切な人は出来たか?もちろん、だれもいないだろう。ユーリはトキの親友だ。それ以上でもそれ以下でもない。それは以前にも言ったはずだ。彼が大切だろう?夢をかなえてほしいだろう?
まあ、たとえトキが彼以上に大切な人がすでにいたとしても、ウェストファリア家の御令嬢である彼女以上にトキにふさわしい相手はいない。いい加減、現実を見ろ。」
ユーリが大切ならば、ウェストファリア嬢と結婚しなればならない。
これは以前から言われていたことだ。
だけど、それはどこかずっと先の事のような気がしていた。
だから、彼女とも当たり障りなく付き合っておけば、僕が成長できるための時間が稼げると思っていた。
それもまた、僕の甘い考えに過ぎなかったのだ。
「せめて、もう少しだけ、もう少しだけ時間をください。お願いします。」
「そこまで言うなら時間をやろう。ただし、3か月だ。卒業のちょうど半年前にお前たちの婚約披露パーティを行う。それ以上は何を言おうと待たない。これ以上何か言うようなら、彼の援助は打ち切る。」
「ありがとうございます。それ以上はもう望まないよ。」
無限にあると思っていた時間のタイムリミットまであと3カ月となった。




