理由
終わってしまった・・・
一ヶ月ももたなかったな。
距離を取りながらも決定的なことには踏み切れず、あと一週間は、と思い続けていたのに、全てはジェームスの思惑通りトキ様とは別れることとなってしまった。
あの時、本当はこのままトキ様に抱かれてしまっても良いと思っていた。
だから最初こそ抵抗したけど、途中からはもう全てを投げ出した。
どうせこの関係が終わってしまうならば最後の思い出が欲しい。
そう思っていたのに、どこまでも優しいトキ様は結局それ以上進むこともなくそのまま私を部屋に返してくれた。
最後の思い出すらも手に入れることができないまま終わってしまった関係だったけど、ひとつだけ嬉しい誤算があった。
もう話す機会もないかもしれない、そう思っていた私に対してトキ様は、ただの友達としてやり直して欲しい、と言ってくださった。
トキ様にとってはこれ以上ないくらいひどい傷付け方をした私にまだ友達でいてほしいと言ってくださったその言葉には感謝の気持ちしかなかった。
でも、それが面白くないのがジェームスだった。
トキ様と別れた次の日にも変わらずにトキ様のそばにい続ける私を不審に思ったのか、いつもの通り一緒に帰る途中で問いただされた。
「どうして、まだトキと一緒にいるんだ?昨日のあの様子じゃもうお前たちは終わりだと思ったけど。」
「確かにジェームスの予想通りトキ様とは別れた。君が立てた計画通り、トキ様は僕が君へと心変わりしたと思い込んでいるよ。」
「だったらなぜ今でもあいつの傍にいる?形だけ別れても意味がないことぐらい分かっているだろう?」
「形だけじゃないよ。トキ様はそう言った意味での関係が終わったことはもう納得していらっしゃる。でもジェームスの筋書き通りに行き過ぎたからこそ、僕の心変わりして申し訳ないという気持ちを組んで、これからはただの友人としてやり直したいと言ってくださった。
トキ様がそんな風に誤解している以上、僕は主人であるトキ様の希望を断ることはできない。」
これがトキ様との間に最後に残されたものだから、どうしても壊したくない。
そのためには、ジェームスが立てたシナリオは却って都合が良かったのかもしれない。
ここで私がトキ様を突き放すようなことをすれば、ジェームスに心変わりしてしまったからトキ様とこのままの関係を続けるのは辛い、というシナリオに矛盾が生じてしまう。
私の言葉でそこまで分かったらしいジェームスは苦い顔をしながらも納得してくれたように見えた。
「確かにユーリの言う通りだ。トキとは友達でいてもいい。だけどくれぐれも期待を持たせるようなことはするな。じゃないと何のために別れてもらったのか分からなくなる。
トキには全ての未練を捨ててウェストファリア嬢と上手くいってもらわなきゃ困るんだよ。」
「分かった。だけどどうしてジェームスはそこまでしてトキ様とウェストファリア様をくっつけだがるんだ。確かに僕が相手では相応しくない。だけど、あんな脅しをかけてくるジェームスが本気でトキ様のことを思ってしているとは到底思えない。何か企んでるんじゃないのか?」
冷静になって考えてみるとジェームスの行動は矛盾していた。トキ様のために私に別れろと迫る一方で、そうでなければトキ様の悪評を流すと言っているのだ。あの時の彼は本気だった。もし私が脅しに屈しなかったら間違いなく嬉々としてそれを実行していただろう。それは明らかにトキ様のために、という理由とは矛盾していた。
「企んでいるかだって?そうだな、確かにユーリの言うとおり、トキのためなんて優しい理由でお前に迫ったわけじゃない。
ユーリ、知ってるかサンジェルマン・ウェストファリアと並んでいる家のことを。」
「それくらい、常識だろ。お前んところのワーテルロー家じゃないか。」
「そうだ、ワーテルロー家だ。じゃあもしサンジェルマンとウェストファリアの縁談が壊れたらどうなると思う?確かにウェストファリアにとってはどちらかというとサンジェルマンの方が魅力的なんだろう。だけどその次はワーテルローだ。この世代はどの家も一人ずつしか子供がいないから、ここでサンジェルマンからマリーを奪えたらワーテルローにすれば大きなチャンスになる。だからいくら二番手だからといって絶対に縁談をこちらから断ることはない。」
「だったら、尚更ジェームスにとってはチャンスじゃないか。」
確かにジェームスの言う通り、この世代で三大名家はそれぞれ一人ずつしかいないことは周知の事実だ。そんな中で唯一の女の子を持つウェストファリア家がどこかと結びつけばそれによりもう一つの家を出し抜けるのは明らかだ。トキ様がウェストファリア様と上手くいかなくなればジェームスにはチャンスなのに、どうしてトキ様との仲を取り持つのか、余計に疑問だった。
「ワーテルローにとってはチャンスでも僕にとってはそうではないと言ったら?僕には今想う人がいる。
もちろん女の子だし家柄だってそんなに悪いわけでもない。多分、ウェストファリアとの縁談さえなければそんなに反対だってされないような相手だ。
だからどうしてもトキにはウェストファリア嬢をもらってもらわなければ困る。
ユーリ、お前だって分かっているだろうけど、ユーリの場合たとえトキとウェストファリア嬢の縁談が壊れたとしても、また他の良家の令嬢が出てくるだけの話だ。
だけど、僕は違う。ウェストファリアさえ出てこなければ僕は上手くいく。
分かったら今後一切トキに期待を持たせるようなことはするな。」
何か汚いことを考えているに違いないと思っていたのに、ジェームスが語った理由は、純粋すぎる理由で、しかも真っ当な物だった。
私はどのみちトキ様とは釣り合わない、だけどジェームスは違う。
その理由を聞いて改めて自分の行動のもたらす結果の大きさを認識した。
私が壊してしまうのはトキ様の未来だけでなく、他の幸せになれるはずだった人達の思いをも踏みにじってしまうのだということを。
「疑って悪かった。全部ジェームスの言う通りだ。これからはジェームスが脅したからだけじゃない、自分自身の意思で約束は守るよ。」
どう頑張ってももう取り戻せない現実を認めたくなくて、ジェームスの顔を真正面から見ることはできなかった。
だから、私のその言葉を聞いて、ジェームスがニヤリと笑ったのにも気づかなかった。




