変革
すぐにでもトキ様と別れなければならないと思っていたが、ジェームスは1ヶ月の猶予をくれた。
何もその猶予は私の心情を気遣ってというものではない。
徹底的に終わらせるための猶予だ。
もしここで急にトキ様に別れを告げることとなれば、いくら私が主張したところでトキ様には怪しまれるに違いないし、自惚れではなく引き止めてくださることだろう。
そんなことになってしまっては、私と綺麗に別れた上でのウェストファリア様との関係の改善というジェームスの狙いも叶わないこととなってしまう。
それを防ぐために一ヶ月与えられた。
ジェームスが言うには、トキ様が一番諦めがつくのが、私に他の想い人ができることらしい。
その相手役として指定してきたのが、この提案をしてきた張本人であるジェームスだった。
ジェームスもトキ様が自分のことを意識していることに気付いているらしく、自分ならばトキ様も悔しがりはしても納得するだろうということだ。
正直、トキ様を陥れようとしている彼が相手役というのは不本意でしかないが、一ヶ月で自然と心変わりしたように思い込ませることができる相手にふさわしいのも彼しか思いつかない。
エリックやアートは心情的にはあり得るとしても、今後の関係を考えると論外だし、大して接点があるわけではない他の人にわずか一ヶ月で心変わりするなど不自然すぎる。
何より本気になられては困るのだ。
あくまでもトキ様と別れるための相手役であり、その後関係が進むようでは困ってしまう。
そうなってくると、ジェームスを相手役とするのも頷くしかなかった。
トキ様と別れるように迫られたあの日は流石に演技しきれずにトキ様に不信感を与えてしまったかもしれない。
だけどそれ以降少しずつ少しずつ、トキ様と距離を開け、それに比例するようにジェームスとの距離を少しずつ縮めていった。
周りはもちろんトキ様自身も気付かないはずがない。
日に日に変わっていく私に、トキ様は何度も、何かあったのかと、気遣ってくださった。
でも、もちろん本当のことを言う訳にはいかない。
それに、脅されて別れるのは不本意だけど、どのみちトキ様に私の正体がばれた以上、トキ様が何と言おうとずっと一緒になどいられないことぐらい分かっていた。
だからこれは良い機会なんだ。
そう思えば、この理不尽な状況にも耐えられる気がしていた。
自分だけが納得してもダメだということをすっかりと忘れて。
約束の一ヶ月まであと一週間と迫ってきた。
今ではもう、トキ様に呼ばれない限り部屋を訪れることはないし、課題が終わったらのんびりせずにすぐに帰るようになっていた。
トキ様も何かを感じていらっしゃるのか、もう何があったのかと聞かれることもない。
今日もウェストファリア様と出かけられるだろうトキ様とは分かれてジェームスの元へと向おうとした。
だけど今日はいつもなら待ち構えているはずのウェストファリア様がいない。
暫くしたら来るだろうかと、逡巡しているとジェームスが私を呼んでいるのに気がついた。
とにかく状況説明だけでも、と彼の方へ踏み出そうとした時、不意に腕を引っ張られた。
「・・・トキ様?」
「行かないで、ユーリ。今日は彼女もいないし別々に帰る意味もないだろう?」
トキ様とは距離を空ける計画を実行中とは言え、トキ様付きのサンジェルマン家奨学生であることには変わらないので、私に拒否権はない。
「はい、ではジェームスに断ってきますので少々お待ちください。」
ジェームスだって、不自然にならないためなら許してくれるはず、そう安心して今日は一緒には帰らないことを伝えに行った。
だがそれは甘い考えでしかなかった。
「ふーん、それなら逆にそろそろ良い機会かもしれない。
ユーリ、とりあえず俺に合わせとけよ。」
あっさりと許してもらえるだろうという期待していた私を裏切るように、わざとらしく耳元に口を近づけてそう囁くと、私の腕を取り、トキ様のもとへ近づいていった。
「なぁトキ、今日はウェストファリア嬢がいないんだって?」
「そうなんだ、だから今日はユーリは僕と帰るから。その手を放してくれないかな。」
「でも今日はさ、前からユーリと出かけるって約束してたんだよ。な、ユーリ。」
話を振られて漸くわかった、ジェームスは私自身の口から言わせたいのだ。
「あ、はい。ですが、私はお仕えさせていただいている身ですので、もちろんトキ様を優先させていただきます。」
もう一緒にいる意味は、個人の感情からくるものではないということを。
「仕事優先、ということか。」
「はい、もちろんです。」
「こーんな真面目なユーリがせっかく今日は僕と出かける約束してたんだから、今日くらいいいだろうトキ?」
これでトキ様は打ちのめされ、私たちの間には決定的な亀裂が入る。
それがジェームスの作戦のはずだった。
だが、予想に反してトキ様は私を強引にジェームスの手から引きずり出すと、痛いくらいに腕を掴んで歩き出した。
「仕事なら、当然遊びより優先させてもらう。お前らがなんと言おうとユーリは連れて行く。」
そう言い捨てて、予想外の展開に何も言い返せずにいるジェームスを置いて足早に屋敷へと向かっていた。
屋敷に付いてもその手は放されることはなく、そのままトキ様の部屋へと引き込まれ、今までのトキ様にはありえないような乱暴さでベッドに押し倒された。
「っトキ様、どうなさったのですか!?」
「どうしただと、聞きたいのはこっちの方だ!
いつから僕の傍にいるのは仕事になった?
始まりはそうだったとしても、好きだから一緒にいるのだと言ってくれたのは嘘だったのか!?」
「言った言葉に嘘はありませんでした。」
今でもできることならずっと一緒にいたいと心から思ってます、そう言ってしまいたかった。
だけどそれを口にしてしまえば、今日までの3週間は全て無駄になり、約束の一ヶ月までの一週間で再び、自然なかたちでトキ様と別れることなど到底できないと分かっていた。
「ありませんでした、か。それはもう過去の話でしかないということか?
もう僕のことは嫌いになったのか?」
「嫌いになどなってはいません、今でも心からトキ様以上の主人はいないと思っています。」
案の定トキ様からは過去形だということを指摘される。
それに応える言葉も、こんなことをトキ様が望んでいるわけではないことなど分かりきっていた。
だけどこれ以上のことなど、言えるはずがなかった。
「またそれに逆戻りか。一緒に過ごすのはそれが仕事だからで、僕のことは友達でもまして恋人でもなんでもない、ただのいい主人としか思えないってことか。
それで、今ユーリの心に存在するのは僕ではなくジェームスだ、と。」
「・・・。」
「何も言わないんだね。
今まで僕が誤解や嫉妬でユーリを責めた時は、いつだってその心を伝えてくれたのに、もう何も言ってくれない。
それが答えってことか。」
「申し訳ありません。」
「分かった、もういいよ。」
これがジェームスが望んだシナリオ。
トキ様は私が彼に心変わりしたと思い込み、そして関係が終わる。
ついに終わってしまった。
そう思った私の耳に入ってきたのは思いもかけない続きの言葉、
「今はもうユーリの心が手の届かない所に行ってしまったとしてももういいよ。
ユーリの身体は主人である僕のものだから。解放してなんてあげないよ。」
そして目に入ってきたのは悲しげで、猟奇的な眼差しだった。




