特別
トキ様に指示された場所で、渡された袋を開けると、その中には、いかにも仕立ての良さそうなワンピースと、ブーツ、そしてブロンドの鬘が入っていた。
要するに女装して欲しい、ということらしい。
確かに、これまでにもトキ様と二人で外出したこともあったが、気持ちの上ではともかく、客観的に見れば、それはデートというよりもむしろただの友人同士のお出掛けだった。
トキ様はずっと私の性別について苦しんでおられたから、私の本当の姿が分かった以上、デートらしいデートをしようとしていることにもうなずける。
しかも、わざわざブロンドのかつらを用意してくださっているというのは、恐らく万が一誰かにあったとしても私の正体がバレないように気を使っていただいたということだろう。
ここまで準備していただいたのだから、迷っている暇はない、といそいで着替えてみると、最初に見たとおり着心地も素晴らしく、私の体型にもぴったりフィットしている。
ただ、下着までもがピッタリと用意されていたので、どのように用意したのか気になるところではあるが・・・。
鬘まで被り、おかしなところがないか再度チェックする。
なんとか普通の女の子に見えるような気がするし、これならきっとたとえエリック達に出会ったとしても私だとはわからないだろうとも思う。
だけど、久しぶりの女装、というか本来の姿はかなり違和感がある。
そうは思ってもいつまでもトキ様をお待たせするわけにはいかない。
意を決してトキ様の元に向かうと、そこには黒髪に、マフラーで口元を隠したトキ様がいた。
「トキ様、お待たせいたしました。
あの、その格好はどうなさったのですか?」
「全然待ってないよ。それよりやっぱりユーリは可愛いね。凄く似合っているよ。
本当は鬘なんかいらないと思ったんだけど、流石にそのままの姿だとユーリの正体がバレてしまって困るからね。
僕の方もさ、一応ウェストファリア嬢と婚約しているし、僕は彼女と結婚するつもりなんて全くないけれど、今はあちらの機嫌を損ねるわけにはいかないからね。万が一誰かに見られたときに、他の女性とデートしてる、なんて思われるとまずいから、僕も軽くだけど変装してみたんだ。
似合わないかな?」
「そんなことありません。黒の髪もとてもお似合いです。」
いつもならば美しいブロンドの髪のトキ様だけど、エメラルド色の瞳には漆黒の髪もよく似合っていた。
「そう言ってもらえてよかったよ。
今日はここでゆっくりした後、街にも行くからね。一日付き合ってもらうよ。」
トキ様と思いを通じ合わせて初めてデートしたこの湖で、本当の意味でのデートがスタートした。
この湖は本当にいつ来ても美しいと思う。
特に何をするでもなく、のんびりと湖の周りを散策しながら、たわいもない話をしているだけだけれど、それでもこの格好のせいか今まで以上に特別な時間に感じる。
待ち合わせ場所が湖だったため用意してきたお弁当にもトキ様は喜んでくださって、本当に幸せな一時だった。
私としては、この湖でトキ様とのんびりと過ごせるだけで十分だと思ったけれど、これから街にも出かけることになっている。いくら髪の色を変えているとはいえ、人前での久々の女装に、不安が膨らんだ。
そんな私の心配を余所に、街に出たトキ様は実に楽しそうだった。
指を絡めて手をつなぎながら、ともすれば自身のなさから俯いてしまいがちな私の顔を上げさせるかのように、あちらこちらと何かを見つけてはそれを指し示し、時には装飾品などを試着したりしながら様々な店を冷やかしていった。
あまりにもトキ様が楽しそうで、そして誰かに見られるかもしれないなどどいう不安など微塵も感じさせないくらい堂々としていたのをみて私もだんだんと楽しくなっていった。
トキ様との一日も終に差し掛かり再び湖に戻った頃には、すっかり私もリラックスしていた。
「今日は僕のわがままに付き合わせてごめんね。」
「そんなことありません。正直最初はこの格好で街中に出るのは不安でしたが、本当に楽しかったです。
このような言い方はおこがましいかもしれませんが、まるで本物のトキ様の恋人になれたようで本当に嬉しかったです。」
「そう言ってもらえて嬉しいよ。僕も本当のデートが出来たみたいで嬉しかったよ。
だけど、ひとつだけ訂正させて。ユーリは今日が特別に本物の恋人のよう、だったんじゃなくて、どんな格好を指定ようと僕のたった一人の恋人だからね。
まだまだ今の僕では婚約者のウェストファリア嬢を拒否することはできないけど、彼女とは本当に彼女の話に付き合わされているだけだし、僕の心にいるのは誓ってユーリだけだから。」
「トキ様・・・」
本当に私にはもったいないような御言葉だ。
だって私は何も持ってはいないのに、トキ様にあげられるものなど何一つ持ってはいないのに。
それにもかかわらずトキ様はいつだって私にそのまっすぐな心と言葉を下さる。
「今日はもう、元の姿に戻って、日常に戻らなければならないけれど、最後にいいかな?」
言いながら、近づき、その細く美しい指で私の顎をそっと持ち上げ、与えられた口付けは、今まで何度も交わしてきた口付けとは少しだけ違い、いつも以上に切なさにあふれたものだった。
私たちの一日限りの「特別」は終わった。




