希望
目を開けて最初に目に入ってきたのはトキ様のお顔だった。
「よっかた、ユーリ目が覚めたんだね。
体調はもう大丈夫?」
「はい・・・大丈夫です。」
とりあえず答えたものの、体調ってなんのことだろう。
そういえば、昨日はブレスレットを探しているうちに雨が降り出してきたんだっけ。
なんとか見つけていそいで帰ったけど、途中で力尽きて・・・
そうだ、途中で力尽きて意識を失って帰りつけなかったんだ。
ようやく思い出して慌ててトキ様の方を見ると、トキ様はその様子から私が思い出したことに気づいたようだった。
「思い出した?僕がウェストファリア嬢の家から帰る途中で道端に倒れていたユーリを見つけたんだ。」
「お手数おかけして本当に申し訳ありませんでした。
そして、助けていただきありがとうございました。」
「いいんだよ。それよりユーリが元気みたいで本当に良かった。」
トキ様はそう言って微笑んでくださったけれど、私は先程から何かが気になってしょうがない。
私は道端に倒れていたところをトキ様に助けていただいた。
倒れていたのはおそらく雨の中探し回ってずぶ濡れになってしまったからだろう。
・・・ずぶ濡れ?
今私が着ているのは私のではないけれどいつも寝るときに着ているような服だし、もちろん濡れてなどいない。
今まで意識を失っていたのだから自分で着替えられる訳がないし、誰かが着替えさせてくれたのかな・・・
そこまで考えてハッとした。
ずぶ濡れだった服を着替えさせるためには当然全て服を脱がしたことだろう。
つまり、この身体が見られてしまったということだ。
少なくとも、着替えさせてくれた人には、私が偽りの姿で働いていたということが分かってしまったに違いない。
「トキ様、あの、私の服を着替えさせてくださったのはどなたですか?」
「あぁ、そのこと。安心して着替えさせたのは僕だから。」
「トキ様ですか!?」
よりによって一番知られたくなかった人に知られてしまったということなのだろうか。
途端に顔色が悪くなった私を見て、トキ様はさらに言葉を続けられた。
「もちろん、ユーリが今まで隠していたことがなんだったのかも分かったよ。
まさか、君の秘密がこんなにも大きいものだとは思わなかったけどね。」
「申し訳・・・」
「謝らなくていいよ。僕だって、ユーリがどうしてずっと隠していたのか理由が分からないわけでもない。たしかにもっと早く教えてくれていたら、とも思ったけど、君の性格からしてそれが無理だったということもわかる。
それよりも、僕は本当に嬉しいんだよ。前から言っていたけど、僕はユーリがユーリだから好きなんだ。それこそ、男でも女でも関係ないくらい君が好きだった。その気持ちは今でも変わらない。
でも、女の子だって分かった以上、僕の隣でずっと一緒にいて欲しい。」
ずっと騙し続けていた私にトキ様がかけてくださった言葉は、私が予想していたどんな言葉よりも、優しく、私を認めてくれるものだった。
そのことが、嬉しくて嬉しくてたまらなかった。
だけど気持ちだけではなんともならないことがある。
私にとっては何も状況は変わっていない。どんなに頑張ったとしても、私はマリエッタ様がトキ様に与えることができるもの以上のものをトキ様に与えることはできないのだ。
「ずっとトキ様のことを騙していた私に、そのように言っていただけて本当に嬉しいです。
ですが、以前からも言っているとおり、私はトキ様の家に頼らなければ学校に通うことすらできない使用人に過ぎません。私にトキ様に与えることができるものなど何もないのです。
ですからトキ様、私はそう言っていただけるだけで十分です。
もし、許していただけるのなら、友としてずっと傍に居させてください。」
「ユーリがそう言うだろう、ってことは分かってた。
でも僕も諦めるつもりはないから。
確かに今すぐウェストファリア嬢との婚約を解消するわけにはいかないし、しばらくは彼女と会い続けることになると思う。
だけど、いつか父さんに結婚なんかの力に頼らなくても大丈夫って思われるくらいになるから、待っていて欲しい。」
「それでも、今の私ではとてもトキ様とは釣り合いません。」
「だからユーリも頑張って。貧しい人でも治療が受けられるような医者になるんだろう?夢を叶えて、誰もが認めるような医者になってよ。僕は僕で頑張る、だからユーリも絶対に夢を叶えて。
無理だなんて言わせない。ユーリは僕の言うことなら何でも聞いてくれるんでしょう?じゃあ、一緒に頑張って、約束だよ。」
「トキ様・・・私、絶対にこの国一の医者になってみせます。ですが、トキ様もくれぐれも無茶をしないでくださいね。」
トキ様が言っていることなんて、所詮夢に過ぎない。だけど、この夢を見て悪いことは何もないのだ。だったら、ほんのわずかな可能性にでも賭けてみよう。少なくとも私のせいでそれを邪魔してしまうことがないように、今以上に努力しよう。トキ様の言っていることが実現するかどうかなんて分からない。でも、私のことは私自身の努力でなんとかなるかもしれない。
今、初めて二人の未来に希望が見えた気がした。
「そういえばトキ様、トキ様以外に誰が私のことに気付かれた方はいますか?」
「あぁ、そのことなら安心してくれて大丈夫。
誰にも君のことを見せたくなかったから、誰も何も見てないよ。」
「トキ様お一人でここまでやって下さったのですか!
本来私が仕えるべきなのに、お手数ばかりおかけしてしまい本当に申し訳ありませんでした。」
「そんなこと気にしないで。僕の我が儘で一人でやっただけだし、むしろ役得だったよ。」
そう言ってトキ様は笑った。
役得、一瞬考え、すぐにその意味に思い至った。
気付いた、ということは則ち見た、ということに。
「トキ様、酷いです・・・」
本当はそんなこと思っていないけど、ちょっとした意趣返しに目を潤ませて見つめてみれば、途端に形勢は逆転する。
「ごめん、でもそんなにしっかり見た訳じゃないし、その・・・」
「冗談ですよ。トキ様、本当にありがとうございました。
トキ様のおかげでまだここにいることができます。」
言いながらもぞっとする。
今回はトキ様だけだったから、トキ様が許してくださる以上大丈夫だけど、もし他の使用人が気付いていたらとてもここにはいられない。
自分を偽っていたことはもちろん、エトワール学園は男子校なのだ。退学になっていた可能性も十分にある。
そう考えると、見たのがトキ様だけで、しかも許し以上の言葉を頂けたというのはとても幸運だったということに改めて気付いた。




