焦燥
ユーリが去ってから、しばらく僕は動けなかった。
ユーリから僕にキスしてくれた・・・
もちろん、口づけ自体は初めてじゃないし、さっきのような触れるだけの口づけだけでなく、もっと深い口づけだって何度もしてきた。
それでも、ユーリからしてもらったのは初めてだった。
たった一瞬のことなのに、こんなにも幸せな気分になれるだなんて。
幸せな気分のまま眠りにつき、朝起きると、ユーリは優しく微笑んでくれた。
以前のユーリだったら僕から頼んだこととはいえ、気まずそうに、申し訳なさそうにしていた。
そうではなく、こうやって優しく微笑んでくれるようになった。
きっと少しずつユーリも僕に近づいているんだ。
そう思い、再び幸せな気持ちになったのだが、その気持ちも長続きしなかった。
別に、何か嫌な出来事が起こったという訳ではない。
ユーリとは家でも学校でも一緒だし、夜は男同士であることを、忘れてしまうくらい恋人らしい雰囲気になってきた。
ユーリが丁寧な言葉遣いとして"私"と言うのが、女の子の自称の"私"と一緒だから、余計にそう感じてしまうのかもしれない。
それはともかくとして、二人でいる時は大分気を許してくれるようになってきたと思っているし、なんの不満もない。
じゃあ何が問題なのか。
その原因がジェームスであることは明らかだ。
別に彼が嫌いな訳ではない。
最初こそ警戒していたが、慣れていくといくと意外と良いやつで、2年前にあんなことがあったのが嘘のように今は仲良くしている。
エリックとアートが言うには僕とジェームスは似ているらしい。
だからこその、反発心が昔はあったのかもしれないが、気持ちが変わればそれは仲良くできる要素の一つともなった。
今となってはクラスの中でも、僕とジェームス、ユーリ、エリック、アートの5人組だと認識されるほど僕らは一緒にいたし、それが楽しかった。
それの何が不満なのか。
嫌なのは、ジェームスとユーリの距離が近すぎるということだ。
別にかつてのアートのようにユーリにべたべたしているわけではない。
むしろ、アートの方が今でも近すぎると感じることがあるほどだ。
だけど、心の距離が近すぎるのだ。
僕たちとの確執を解消してこうして仲良くできるようになったのもユーリのおかげだからか、ユーリには特に親しみを持っているらしく、それを感じるユーリも自然と近くなる、といった具合だ。
ユーリがいつか、ジェームスに取られてしまうような気がして。
一緒に居る時間は僕の方がずっと長いのに、不安で不安でたまらない。
だから最近、家ではユーリに甘えっぱなしだ。
それでもユーリは僕の心情を察してかそんな僕を受け入れてくれるし、時にはユーリの方から気持ちを示してくれることもある。
しかし、どうしようもない焦燥とユーリとのふれあいで、かろうじて保っていた均衡が突然に崩壊した。
ジェームスも一緒に過ごすようになってから1ヶ月が過ぎたころ、ユーリの筆箱には見知らぬ飾りがついていた。
「あれ、そんなの付けてたっけ?」
「これは、今日ジェームスにもらったんです。」
また、ジェームスが出てきた。しかも今度はプレゼントをもらったという。
こみあげる苛立ちをなんとか抑える。
「そう、良かったね。何かあったの?」
「その・・・明日が誕生日なので、そのプレゼントに、ともらいました。
明日は休みだから渡せないからと。」
ユーリはそれを言いにくそうに、そしてためらいながら言った。
「誕生日?明日が?」
「はい、そうです。」
「どうして今まで言ってくれなかったんだ。ジェームスには言えて僕には言えなかったの?!」
「申し訳ありません。」
ユーリは何も言い訳することなくただ一言謝るだけだった。
誕生日なんて一年に一度しかない。それなのに、出会って1ヶ月のジェームスには教えて、1年以上の付き合いがある僕には教えてくれなかった。
しかも、そうして貰ったプレゼントを僕の前で付けている。
僕が聞きたいのは謝罪の言葉なんかじゃない。
ただ、欲しいのはこの不安を抑えてくれるような言葉だった。
だけどユーリの口から出てくるのは、謝罪の言葉だけ、そこに僕とジェームスの差を見せつけられて様な気がして、もう抑えることができなくなった。
「僕は、謝ってほしいわけじゃない。どうして、ジェームスには教えたの?僕には一度も教えてくれなかったのに?僕の前でジェームスからもらったものを付けるのは、もうジェームスに心変わりしてしまったから?」
「トキ様、違いますっ・・・あっ。」
気付いたらユーリを床の上に押し倒していた。ユーリの制止する声も耳には届かない。
ユーリに口付けることでその声を塞ぎ、抵抗がなくなるまで深く口付け続けた。
「ユーリは僕のものだよ?」
ようやく抵抗がなくなった頃、その唇を解放し、首から項へと下に移動させていく。
しかし、上着のボタンに手をかけた瞬間、はっとしたようにユーリが動き始めた。
「トキ様、おやめください!お願いですから、やめてください!」
ユーリの必死な声と抵抗に我に帰る。
僕はまたやってしまったのか・・・
「ユーリ、ごめん。」
のろのろとユーリから手を放し、起き上がって、ようやく言えたのはその一言だけだった。
「僕はなんてことを、本当に、ごめん。」
こんな僕じゃ、ユーリが僕に愛想を尽かすのも当然だ。
口先ばかりで、自分の気持ちが抑えられなくなるとすぐに力に訴える。
そんな僕だからユーリもきっと・・・
「こんなんじゃ、ユーリがジェームスに惹かれるのも無理はないよね。」
「トキ様、違うんです。私がお慕いしているのはトキ様だけです。それは今でも変わりません。
先ほどは、急にトキ様を拒絶するような形になってしまって申し訳ありませんでした。
ですが、トキ様が嫌な時は、そう言っていい、と言ってくださったので、そうしただけです。
トキ様のことは本当にお慕いしています。トキ様に抱き締められたり口付けされたりするのはその、とても嬉しいです。
でも、その先はまだ怖いんです。
わがままだって分かっています。こんな私では駄目ですか?」
「駄目なわけないよ。僕こそ本当にごめん。もう絶対にこんなことはしないよ。
もう、ユーリに無理強いするようなことはしたくない。
だけど、僕はまた同じようなことを繰り返してしまうかもしれない。」
「それでもトキ様は、止めてくださるでしょう?今日のように。」
「うん、今日はごめんね。
ユーリ、君が好きだよ。だからずっと傍に居てね。」
言いながらユーリを引き寄せると、今度は拒絶されることなく身をゆだねてくれて、そして抱き返してくれる。
その心地よさに安心して、この時ユーリが何を思っていたかなんて考えもしなかった。




