友情
翌日、予想通りというか、なんというか、トキ様の周りは騒がしかった。
あの、トキ様の可愛らしすぎる、女装姿に皆驚いたらしい。
放課後になる頃にはトキ様もかなりお疲れの様子だった。
「今日はトキは大忙しだったらしいじゃないか。今日一日で、かなり告白されたんじゃないか?」
「そんな、人数なんて忘れたよ。」
「9人です。」
「おっさすがユーリだな。トキのことよく見てるよ。」
「もう、普通に考えておかしいだろ。いくら劇では女装していたからって、本当は男だって、みんな分かってるはずだろう。」
「トキ、みんなお前にだけは言われたくないと思う。」
アートのそのもっともな言葉に、エリックも私も頷いていた。
「どういう意味だよ。しかも、2人まで頷くなんて。」
「あっ申し訳ありません。つい・・・。」
「ユーリ、ついって、思いっきり肯定してるから。
まあ、トキも文句言うなってことだよ。」
「だから、何でそうなるんだよ。」
「トキだって、ユーリのことが好きなくせに・・・。」
何のためらいもなく言ったそのアートの言葉に、空気が固まった気がした。
「ばかっ、ユーリの前でそれを言ってどうするんだ。」
「あっ、そうだった。トキ、ごめん。今のは忘れて、ユーリ。」
「今さら、忘れられるわけないだろう。だいたい、なんでそれをお前らが知ってるんだ。」
「いや、普通にあからさま過ぎるだろう。そんなことより、ユーリの顔が真っ赤だぞ。」
エリックに言われてから気付いたけど、私の顔は真っ赤だったらしい。
トキ様からは、何度も言われていたことだけど、他の人から言われるとまた違った恥ずかしさがあった。
「ユーリ、どうしたんだ?前から知っていたことだろう?」
「すみません。それとはまた違った恥ずかしさがありまして。」
「ということは、ユーリはとっくに知ってたのか。あぁ、だからか。今回の劇も妙に様になっていたしな。」
「お前ら、なぜそんなに平然としているんだ。普通、気持ち悪いとか思わないのか。」
「まぁ、俺は思わないかな。だってユーリは本来・・・」
その先に続く言葉が予測できて、慌ててエリックの口を止めた。
「エリック!」
「なんだ、まだトキは知らないのか?」
「そうだよ。だから変なこと言うなよ。」
「それは悪かったな。まぁとにかく俺は別に気持ち悪いとか思わないよ。」
「俺もだな。なんか、トキとユーリだと全然違和感がないっていうか。
もともとユーリはトキ様ラブ!って感じだったし、トキはユーリが大切でたまらないって感じだったから、すんなり受け入れちゃう感じだな。」
エリックは事情を知っているからともかくとして、アートまで何の含みもなくそう思ってくれていることはちょっぴり嬉しかった。
「まぁ、2人がそう言う関係だということは分かったけど、俺たちはともかく、他の奴が変なこと言いだすと面倒だから、くれぐれも人前でうかつな行動をとるなよ、トキ。」
「なんで僕だけに言うんだ。」
「ユーリから、トキ様に迂闊なことを仕掛けるわけがないだろう。ともかく気を付けろよ。」
この時冗談だと思っていたことがまさか現実のものになる日が来るとは思いもしなかった。
そのままの流れで、4人で久しぶりにどこかに行こうかという話をしながら校門に辿り着いた時、一気に現実が戻ってくるのを感じた。
そこには、喜びを隠しきれない様子のウェストファリア嬢が待っていた。
「お久しぶりですわ、トキ様。昨日の発表は大成功だったようでなによりです。
私、トキ様とお会いできるのを楽しみにしておりましたの。
それでは、皆様御機嫌よう。」
そう言うや否や、ウェストファリア嬢はトキ様を連れてどこかへと去っていった。
その素早さは僕たちが口を挟む暇さえもないほどだった。
あぁ、そうだ何を浮かれていたのだろう。
最近は劇の練習があったせいで、いつもトキ様と一緒だったから、いつの間にか勘違いしてしまっていたようだ。
トキ様には、トキ様に相応しい婚約者がいらっしゃって、所詮私とは違う、遙か上に居らっしゃる存在だったのに。
分かっていたのに、分かっていたはずなのに。
それなのに、再び思い知った今でも、悲しくて、悔しくてたまらない。
私にそんなことを言う資格はないのに、私のことが好きだったんじゃないですか、とトキ様を責めたくなってしまう。
久しぶりに一人で帰宅し、どうしようもない気持ちをぶつけるかのように、仕事をしていたら、気がつくとトキ様が帰っていらっしゃった。集中していて気がつかなかったけど、すでにもう遅い時間となっていて、おそらくウェストファリア嬢と夕食をともにしてきたのだということが分かる。
私の一日の最後の仕事がトキ様の夕食の給仕と片付けだから、今日の仕事はもう終わりだ。
急いで夕食を頂き、今日の課題を持ってトキ様の部屋へと向かった。
「失礼いたします。」
「どうしたの?今日のユーリは何か疲れているような気がするよ。今日はもう自分の部屋で休んでもいいよ?」
「トキ様、私がいては邪魔ですか?}
久しぶりにトキ様を取られた気がして、気持ちがささくれているのに、自分の部屋に戻るだなんてちっとも休むことができない。
こう言えば優しいトキ様が追い出すはずがないのを分かって言っている私は、やはりずるいのだろうか。
思った通り、トキ様の答えは、私を追い出させるものではなかった。
「そんなことないよ。ただユーリが疲れているように見えたから、休んだ方がいいかな、と思って。
大丈夫ならさっさとやってしまおうか。ユーリは大丈夫だというけど、やっぱり顔色も悪いみたいだし。」
そう言って早速始めた課題は思った以上に簡単だった。卒業生を送る会は一種のお祭りのようなものでもあるし、昨日それがあったばかりだから、通常に戻った今日も、まだそこまで難しい課題は出していないようだった。特に教えあうこともなく、あっという間に課題も、予習も終わり、トキ様の方を窺って見ても、もうすぐ終わりそうな様子だった。
それから、大して待つまでもなく、トキ様も予習と課題が終わったようだった。
「今日は意外と楽だったね、ユーリも調子悪そうだし、ちょうどよかったよ。
今日はもう部屋に戻ってもいいよ。」
トキ様からは再び部屋に戻るように言われてしまった。
いつもだったら、こんな風に言われたら、すぐに部屋に戻る。
そんなわがままを言えるはずはなかった。
だけど、今日はまだトキ様と一緒に居たかった。
「大丈夫です。まだ、トキ様と一緒に居たいです。駄目ですか?」
「駄目じゃないけど、本当にユーリ今日はどうしたの?
僕はユーリとまだ一緒に居たいから嬉しいけど、いつもだったら、すぐに部屋に戻るのに。」
いつもと違うのは自覚済みだ。
でも今日は心細くてたまらない。
トキ様に思いを伝えた後に改めて認識したトキ様との差は衝撃が大きすぎた。
「明日からは、いつも通りちゃんとトキ様の言うことは聞きます。
だから、今日だけは少しだけわがままでいさせてください。」
「明日からはいつも通りなんて言わなくていいよ。むしろもっと甘えてくれて構わない。
いつも気を張り続ける必要なんてないんだから。」
「トキ様、抱きしめてください・・・。」
自分でもこんな発言がトキ様にできるだなんて驚きだった。
主人に対して、何かをしてほしいと頼むことなど本来あってはならないことだからだ。
だけど、トキ様の方が驚きは大きかったらしい。
何も言うことなく動きが止まってしまった。
しばらくたってもトキ様は何も言わない。
今日はいつにもまして変なことばかり言う私に呆れてしまったのだろうか。
「トキ様、申し訳ありません。つい調子に乗ってわがままなことばかり言ってしまいました。
今日は失礼いたします。」
何も反応することのないトキ様を置いて部屋を出ようとした瞬間、後ろから腕を引っ張られ、気付けばトキ様の腕の中にいた。
「ユーリは何も悪いことないよ。ただあまりにもいつものユーリと違うから驚いて、嬉しすぎて反応できなかっただけだよ。
明日からもこうして欲しいけど、きっとユーリは明日には元に戻っちゃうんだろうね。
ねぇ、他にはもっとないの?せっかくだから、言えるうちに言ってごらん。」
「・・・ってください。」
「えっごめん、聞こえなかったからもう一度言ってもらえる?」
「好きって言ってください。」
「ユーリ・・!?
「ごめんなさい。今日だけ、今日だけです。明日からはいつもの私に戻り・・・」
謝ることしかできない私を抱く腕をさらに強くして、私の言葉を遮るようにしてトキ様は、願った言葉を言ってくださった。
「好きだよ、ユーリ。誰よりも君が好きだ。
だから、いつでも言って。辛い時はもっと甘えていいから。
どんなユーリでも僕は好きだよ。」
「トキ様・・・。心からお慕いしております。私、もっともっと頑張ります。
だから、私を捨てないでください。」
「何があっても、僕はユーリを見捨てたりしないよ。だからずっと傍に居るんだよ。」
そう言ってくださったトキ様の言葉を私の方から裏切る日が来るとは思いもしなかった。




