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神童  作者: クロ
23/45

分岐点


ここ一週間、なんだかユーリの様子が変だ。


変とはいっても別に避けられているわけでもないし、特によそよそしいということもない。


ただ、時々何か言いたそうに僕の方を見ている時がある。

何かあるのかと聞いてみても、何でもないです、の一点張りだ。


気にはなるけど強引に聞くほどでもない。


そんなあいまいな状態が続いていた。




だけど、ついに本番となる今日、ユーリは何かを決意したようにすがすがしい表情をしていた。





幕が上がると、僕とユーリの2人に光が照らされる。


それと同時におこるざわめき。


予想していたことだけど、やっぱり恥ずかしい。


セリフが始まるまでの間に耳に入ってくるのは

―かわいい―

―あれは誰だ―

―本物の女の子みたいだ―

などなど。


衣装合わせの時の3人の反応で、ある程度は覚悟していた。


だけど、こんなにあからさまな反応しなくてもいいじゃないか!



そんなざわめきもセリフが始まる頃には全く耳に入ってこなくなった。


最初は穏やかな場面から。


2人ともお互いを思いやりながらも一歩が踏み出せないでいる。



この劇をやっていると、まるで自分が登場人物になったような気分になってくる。


この役のようにユーリが僕のことを思ってくれているのでは、と錯覚してしまうほど。



こんな幸せな気分になれるから、本当にアートと役を代わってもらってよかったと思う。


アートがユーリに対してこんな気持ちになるだなんて想像するだけで嫌だ。



劇は進んでいく。


相手の王子の謀略をつぶして、騎士は王に認められる。


そしていよいよ劇のクライマックス。


騎士が姫に忠誠と愛を誓うシーンだ。


騎士が姫に跪いて、永遠の愛と忠誠を誓い、立ち上がり

「愛しています、オリヴィア。」

というセリフとともに口付けて終わるはずだった。


ユーリは僕に跪いて手の甲に口付ける。


「あなたに、永遠の忠誠と愛を。」


そして立ち上がり僕の耳元で囁きかける。


「愛しています・・・トキ様。」


最後の名前の部分だけ、僕にだけ聞こえるように囁いて、そっと口付けてきた。


会場に響き渡るほどの拍手を浴びながら幕は閉まる。



だけど、僕は幕が閉まった後も動くことができなかった。


理解がついていかなかった。






「やるな、ユーリ。おかげで劇も大成功だ。」


「ありがとう、アート。みんなで頑張った成果だよ。」


「いや、本当にユーリはよくやったと思うよ。自分の練習だけでなく、脚本を作ったり衣装を用意したりまでしてたんだから。

な、トキ。お前からも何か言ってやれよ。」


「ああ、ユーリお疲れ様。」


エリックに話をふられて慌てて答えたが、心の中の混乱はまだ治まっていなかった。


「でも、最後のユーリのキスにはびっくりしたよな。まさか本当にやるとは思わなかった。」


そうだ、ユーリからキスされたんだ。

どうしてだ?劇を盛り上げるため?


「あれは、雰囲気が出ててよかったよな。でも、それに集中しすぎて最後のセリフ飛ばしただろ?

本当は最後に『オリウ゛ィア』ってつけるはずだったのに。」


「ごめん。ギリギリまで悩んでたからセリフが飛んじゃった。」


ユーリは笑ってそう答えたが、ユーリはセリフを飛ばしてなんかいない。確かにあの時、ユーリは僕の名前を呼んでくれたはずだ。

それともあれは僕の単なる願望だろうか?


「まぁ、結局大成功だったんだからいいけどさ。

じゃあさっさと着替えて他の発表見に行こうぜ。」


アートがそう言ってその場は解散となった。








せっかくの発表だったけど、さっきのことを考えていて、ほとんど印象に残らなかった。


ユーリにさっきのことを聞こうかとも思ったけど、自分の考えすら纏まっていないまま、みんなの前で聞くわけにもいかなかった。




ぐるぐると同じことを考えていたら、気付いたらすでに学校は終わっていて、家に帰り着いていた。




夕食も食べ終わり、しばらくすると、いつも通りユーリがやってきた。


ユーリの表情をそっと窺っても、特に普段と変わらない。

むしろ、ここ最近の何か悩むような表情も消え去り、以前に戻ったかのようだった。


「ユーリ、あれは、どういうつもりなんだ?」


「あれ、とは何でしょうか?」


悩んでいても仕方がないと思い、単刀直入に聞いたのに、ユーリは少しも動揺の色を見せない。

それどころか、分からないはずないのに、とぼけているようにすら思える。


「劇の最後のことに決まっているだろう!?なぜ、ふりではなく、本当にやったんだ!?」


誤魔化されたのに苛立ってつい、声を荒げてしまった。

いつもなら、こうなると、ユーリはこちらが申し訳なるくらいに慌てる。

だけど、今日のユーリは違った。


「トキ様は、お嫌でしたか?」


「嫌なわけないだろう。何度も言っている通り、僕はユーリが好きだ。だから、劇の中であれ、ユーリからキスしてくれたことは嬉しい。

だけど、僕はこれ以上ユーリに無理はしてほしくないとはっきり言ったはずだ。

なのに、どうしてあんなことしたんだ?」


「無理など、していません。」


「どういうこと?」


「トキ様、ずっとお慕いしておりました。」


「えっ・・・!?」


聞き間違いだろうか?ユーリがずっと僕を好きだった?


いや、そうではなくて、いつもの友人として、主人としてという意味かもしれない。

そう思ったことが顔に出てしまったのだろう、ユーリはさらに言葉をつづけた。


「言っておきますが、友人として、や主人としての意味ではないですよ。もちろんその意味でもお慕いしておりますが、今回はトキ様と同じ意味です。」


「本当に?」


「本当です。」


「どうして?だって今まで一度だってそんなこと言ってくれなかったじゃないか。」


そうだ。ずっとと言うからには昨日今日の話ではないはずだ。だけど僕は今までもずっとユーリに好意を示してきたのに、一度だってそれに応えてもらったことはない。


「本当はこれからもお伝えするつもりはなかったんです。

ですが、先日のトキ様のお話を聞いて気持ちが変わりました。」


「僕の話?」


「はい、トキ様は、『悪いとは思っている。だけどやめる気はない。』と仰りました。

私の自惚れかもしれませんが、もし私がトキ様に応えてしまったら、トキ様は私のことを諦められなくなるかもしれないと思いました。

ですが、私たちはそんな関係になるわけにはいきません。こんなにも身分が違うのですから。」


「確かに諦められなくなるとは思うけど、一番の問題はそこなの?

身分より性別の問題じゃない?」


そう言うと少しユーリが動揺したように見えたのは気のせいだろうか。

すぐにいつもの落ち着いた調子に戻ると、ユーリは話を続けた。


「トキ様が責任も何もない、もっと身分の低い人でしたら、個人の自由です。


それはともかくとして、どちらにせよ、問題が山積みだということです。

だから、トキ様に応えるわけにはいきませんでした。」


「じゃあ、どうして今になってそれをやめたの?」


問題はそこだ。もちろん、ずっと黙っていられるより、ユーリに気持ちを返してもらってとてもうれしい。だけど、そんな理由があったなら責任感の強いユーリが今さらになってそれを覆すだなんて考えられない。


「トキ様が、悪いとは思っているけど止める気はない、と仰ったからです。トキ様に罪悪感を抱かせるなんてことは本当はしたくありませんでしたが、目的を達成するためならそれも仕方ないと思っていました。しかし、それでも諦めるつもりがないならば、それはトキ様を無駄に苦しめているだけです。


私は、トキ様に口付けられてとてもうれしいのに、その度にトキ様は謂れのない罪悪感で苦しんでいる。

そんなのおかしいと思うんです。もう、目的を達成することができないならば、もう我慢する必要はないだろうと思ってしまいました。


このせいで、トキ様を余計に苦しめることになってしまったら申し訳ありません。

確かに、今言ったことが、今回の行動の理由です。

ですがその中に、自分のための理由は全く入っていなかったといえば嘘になります。」


確かに、ユーリの言う通り、叶わない思いを抱えているより、叶った思いをいつか捨てなければならない方が辛いのかもしれない。

だけど、先のことよりも、何よりも今ユーリが僕を好きでいてくれたことが嬉しくて仕方がない。


「そんなこと気にしないで。確かにいつかもっと苦しい思いをするかもしれないけど、それでも今ユーリと同じ気持ちでいることができて嬉しいよ。

これからは、ユーリも僕と同じ気持ちだって思ってもいいんだよね。」


「トキ様が私に飽きない限り同じ気持ちです。」


「じゃあ、ずっと一緒だ。ユーリ、もう僕に隠していることはないよね。」


「・・・まだあります。トキ様はもうお忘れかもしれませんが、最初から言っていた私の秘密が残っています。」


「それは、やっぱりまだ言えないの?僕は絶対にユーリの大切な秘密を漏らしたりしないよ?」


「トキ様のことは信じています。こんなことを言っても信用できないかもしれませんが、今は誰よりもトキ様のことを信用しています。

ですが、このことはまだお教えすることはできません。

それに、このせいでいつかトキ様のことを傷つける日が来ると思います。

それでもトキ様はこんな私を許してくれますか?」


「ユーリはずるいな、そんなこと言われたら、許すしかないじゃないか。

でもいつか言える時が来たらきっと教えてね。」


「はい、トキ様とお別れする時が来たら必ずお教えいたします。」


「別れる時だなんて・・・!

だったらずっと教えてくれなくてもいいよ。だからずっと傍に居てよ、ユーリ。」






僕のその言葉に、ユーリが応えることはなく、ただ柔らかく微笑むだけだった。






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