余興
あれから1ヶ月がたち、もうすっかりウェストファリア嬢が現れる前と同じような状態になっていた。
ただ一点、寝る前にトキ様に口付けをされることを除けば。
学校には一緒に登校するし、アートやエリックがいてもいなくても、私たちは気まずい雰囲気になることはないし、決して無理に笑わなくても自然と笑みがこぼれてしまう。
そんな状態になっていた。
相変わらず放課後はトキ様は彼女とお出かけになるし、彼女からの私への嫌みも日に日に強くなっていくけど、とても幸せだった。
それに、仕事の方もトキ様の担当に戻ることができた。
担当が変わったところで、トキ様が毎朝私を待っているし、夜は夜で毎晩のように夜遅くまで部屋に呼びつけるので、見かねた旦那様が、それならいっそトキ様に付きっきりの方がいい、と気遣ってくださったらしい。
確かに幸せだ。学べる環境は申し分ないし、エリックやアートというかけがえのない友達もいるし、主人であるトキ様もとても優しいし、私のことを気にかけてくださっている。
私の出自を思えば、これ以上ないという状況だと言ってもいい。
ただ私の秘密がいつトキ様にばれてしまうかいつもドキドキしている。
学校の課題や予習が終わって、のんびりとしている時のトキ様は、これでもかというほど甘い。
今までどこか遠慮がちだったトキ様が、自身の告白と、どうあっても変わらない私の頑なな態度にそれならば好きにする、と宣言したことに開き直ったのか、やたらと私に触れてくるし、時には私を抱きしめながら好きだと囁いてくる。
まるで刷り込みをするかのように・・・
もちろん、それが嫌だというわけではない。むしろ、はっきり言って嬉しくてたまらない。
お慕いしているトキ様に、優しく抱きしめられながら、私を好きだと言ってくださる囁きを聞くのはこの上なく幸せでもある。
でも、だからこそ怖い。
いつか、私もお慕いしていると告げてしまいそうで、そのまま女であることがばれてしまうような気がして・・・・
そんなぜいたくな悩みをもちつつも、特に何事もなく平和に過ごしていたある日、先生に放課後呼び出された。
何かしてしまっただろうか、この前のテストも特に大きく下がったということもなかったし・・・
まさか、性別を偽って学校に通っていることがばれてしまったのだろうか。
そんな不安に襲われながら、先生のもとに向かうと、予想外に、先生はとてもにこやかな顔で私を待っていた。
「ああ、ユーリ急に呼び出して悪かったね。
君は急な呼び出しを不安に思っただろうが、君の心配するようなことは何もないよ。むしろ、名誉あることだよ。」
「名誉あること・・・ですか?」
「そうなんだ。そろそろ、三年生が卒業する時期だというのは知っているだろう?
我がエトワール学園では毎年在校生の各学年主席の子が卒業生のための会で余興をすることになっているんだよ。
もちろん、その会は本当の卒業式とは別だし、厳粛な会というよりは、むしろ、卒業生に最後の思い出をってところかな。
それで、話の流れからも分かったと思うが、今年の1回生の主席はユーリに決まった。
まあ、全てのテストで1位だったのだから、当たり前と言えば当たり前なのだが。
そんなに気張らなくてもいいし、メンバーも内容も全て君の自由だから、あと一カ月頑張ってくれ。
僕の担任の子から主席が出るのは久しぶりだからね。楽しみにしているよ。」
「はい、精いっぱいやらせていただきます。」
とはいったものの、実際何をやればいいのかまったくもって思いつかない。
悩みながらも教室に戻ると、トキ様たちが待ち構えていたように、私に詰め寄ってきた。
「ユーリ、何を言われたんだ?大丈夫だったか!?」
「いえ、心配していただくようなことは何もありません。ただ・・・。」
「ただ、どうしたの?」
「卒業生のための会で余興をすることになってしまって。」
それを言っただけで、3人は何のことかわかったようだった。
「それで、悩んでいたのか。」
「そうなんだよ。アート、毎年どんなものをやっているか知ってるか?」
「まぁ、だいたいはダンスとか劇だな。」
「前にお笑いショーなんてものもあったな。」
「毎回捨て身だしな・・・」
お笑いショーはともかく、劇やダンスなら普通にかっこいいだろうし、捨て身の余興のようには思えない。
「どこが捨て身?って顔してるな。
教えてやろう。我がエトワール学園は男子校ゆえに、劇をやれば女役がいない。
必然的にヒロインは誰かが犠牲になる。
ダンスだって普通にやったら面白くないから、大概女装で踊るしな。」
「えっだって、エトワール学園って、たまに、僕みたいな子もいるけど、名家の御子息たちが集まる名門だったよね?」
「いい子のお坊ちゃんの集まりで、普段品行方正だからこそ、こういう時に、はっちゃけるんだよな。」
「卒業生のためとは言うが、はっきり言って、全校生徒が楽しみにしている。
以前、普通の余興をやった団体があったが、受けがあまり良くなかった。」
「そんな・・・アートもエリックも、もちろん一緒に出てくれるよね?」
「ああ、当然だ。
やることは大変だが、捨て身でやればやるほど喜んでもらえるし、何より、選ばれること自体が、名誉なんだ。ユーリも後ろ向きに考えずに頑張れよ。」
「トキは誘わないのか?」
「アート、トキ様はただでさえ忙しいのに、そんな暇ないに決まっているだろ?」
「いや、ユーリが許してくれるならぜひ一緒に出たい。
これは4人の思い出にもなるだろうし?」
「というより、トキ様は、大切な大切なユーリを僕らだけと一緒に居させたくないもんな。」
「悪かったな。」
「ま、トキもそう言ってることだし4人でやろうぜ。」
「3人ともありがとう。
トキ様もお忙しいのにすいません。」
「それより、何やる?ダンスとか劇が方向性を決めやすいと思うんだけど。」
ダンスは、下手すれば全員女装だし、問題外だ。
これでも一応女なのだ。女装などすれば、不信感を与えてしまう恐れがある。
「僕は劇がいいな。」
「劇か、いいと思うよ。何かやりたい内容とかある?」
「どんなのがいいのか分からないです。」
「今まであったのだと、ラブストーリー系が多かったかな。
見せ場もあるし、たまにアレンジして笑いも入れたりして。」
「まあ、ユーリも男だし、そう簡単に劇によさげなラブストーリーなんて思い浮かばないだろうし、むかーし読んだ本とか、ユーリ自体は読んだことなくても、サンジェルマン家の使用人にでも聞いてみたら?」
「エリック、ナイスアイディアだ。さっそく家に帰ったら聞いてみるよ。」
余興の内容も、上手く決まりそうだし、トキ様とエリックとアートで楽しい思い出が作れそうですごくわくわくしながら家へと帰った。
結局、サンジェルマン家の他の使用人に聞くまでもなく題材は決まった。
昔読んだ本で気に入っている本と言えば、これしかない、という本を思い出したからだ。
もう何度も読み返したあの本は、基本的にはラブストーリーではありながらも、ただの王道ストーリではなく、その過程がまさに努力の道なので、将来のために日夜努力しているエトワール学園の生徒たちも、共感しながら楽しむことができるだろう。
その期待に胸を膨らませながら、一人静かに眠った。




