開き直り
とんでもないことをしてしまった・・・
そう思い、明日の朝にでももう一度謝ろうと思っていたところ、ユーリが僕の部屋に現われた。
最初は、当初の予定の通り、ひたすら謝りつくした。
気持ち悪いと、もう大嫌いだと思われても仕方のないことをした。
その自覚は十分にあったし、何より、ユーリに申し訳ないことをしたと思っていた。
なのに、ユーリから返ってきたのは、許しでも、受容でも、拒絶でもないものだった。
‐トキ様にはそれだけの権利がある‐
ユーリの返答はそれに尽きていた。
確かに、当初の約束では、僕の専属である間は僕の命令は絶対であるが、それが嫌になった時は、いつでも担当を変えることができる、というものであり、それに照らし合わせれば僕の専属を離れた今となっては、ユーリは僕に従う必要はない。
しかしながら、ユーリの言う通り、世間では使用人全般は家の者に対しては絶対服従であり、それに耐えられないような環境ならば辞めればいいというのが常識だった。
そのため、普通の使用人は自分のスキルを磨きよりよい環境へと転職していき、よりよい使用人を集めるために、家の者たちも徒に使用人に対してひどい扱いをしないようにしていく。
それがある種の循環にもなっていた。
だが奨学生は別だ。
一応労働の対価として学費を援助しているということにはなっているが、特別なスキルをもっているわけでもない奨学生などは、どうしても必要な使用人であるというわけではない。
確かに自分たちが援助した学生が将来貢献してくれる可能性もあるにはあるが、主な動機としては、ボランティアに近いものがある。
自分たちは何一つ不自由のない生活を送っているのだから、自分たちにとっては大したことのないお金で、恵まれないが才能はある学生でも援助してあげよう。
という完全なる上から目線なものになる。
そのため奨学生がらみのトラブルは実は多く、過酷な環境を強いられながらも、夢のためと耐え忍ぶ文字通りの苦学生が実は多くいる。
辞められても困らないうえ、夢を追う学生はそう簡単には辞めていかないので、言い方は悪いが格好の玩具とされている場合も少なくはない。
特にユーリのようにきれいな学生は、男女問わず当主やその家族の慰み者にされてしまう場合も多かった。
まあ、それがあまりにも多くて、過去に悲惨な没落を遂げた家があったために、女の子の奨学生が取られることはほとんどなくなったのだが。
だけど、僕はユーリをそのように扱うつもりはなかったし、今回ついユーリに口付けてしまったのも、ユーリが奨学生だから何をしても構わない、という気持ちからというよりは、ユーリの言い方があまりにも投げやりで僕の気持ちを全く考えていないように感じられてしまったため、ウェストファリア嬢との付き合いでたまっていた苛立ちも相まって、つい強引な手に出てしまっただけだった。
おそらく、たとえユーリが真に対等なエリックたちのような立場にいたとしても、同じようなことをしてしまったと思う。
だからこそ、ユーリに対して謝りたいと思ったし、許してもらうためなら何でもしようという心づもりもしていた。
それなのに、ユーリから返ってきたのは、絶対服従は当然だ、という返答。
たとえ世間の常識がどうであろうとも、賢いユーリならば、サンジェルマン家ならば、当主本人ならともかく、僕がやった無茶なことに抵抗しても問題ないこと、そもそも、好きだと告げたばかりの僕が謝っているのだから、次はない、と一言告げれば、自分の身は保証されることぐらい分かっていたはずなのに、あくまでも使用人としての立場を崩さない。
それならもう構わないと思った。
ユーリがただひたすらに使用人として振舞おうとするならば、無理にでも傍に置くだけだ。
確かにユーリの言う通り、ウェストファリア嬢を邪険に扱うわけにはいかない。
身分がどうとかいう問題ではなく、ユーリの夢がかかっているのだから。
だからもう遠慮はしない。
ウェストファリア嬢に割かなければならない時間は仕方ないが、こうなったら、ユーリの言う僕の権利をフルに使ってユーリを傍に置く。
強引なことをするつもりはないが、時間の許す限り傍に置いてひたすら甘やかして、好きだと言い続けてやる。
そしていつか、ユーリに好きになってもらえたなら、そうしたら何よりも嬉しいだろう。
その時は、どんな手を使ってでも誰にも邪魔はさせない。
次の日、ユーリがまだ朝の仕事をしている間に、登校となった僕は、いったん家を出て、それから家の前でユーリが来るのを待っていた。
「おはようユーリ。」
「トキ様、おはようございます・・・・
なんでこんなところに居らっしゃるんですか?」
「一緒に登校しようと思って。」
そう言いながらにっこり笑う。
ユーリはそれに言いかえすこともなく、ただ、戸惑ったように、隣を歩いていた。
「ユーリ、トキおはよう。今日はトキも遅いんだな。」
「うん、やっぱりユーリと一緒に登校したかったからね。」
「まったく、トキは、ユーリが大好きなんだな。」
「そうだよ。それなのに最近は例の子に邪魔されて、全然一緒にいられないからね。」
「トキ・・・仮にも婚約者だろう?」
「僕だって、ちゃんと付き合ってるけど、知れば知るほど苦手になっていくんだもん。」
「まあ、いいけどさ。ユーリ、トキは忙しいみたいだし、今日は3人で出掛けようぜ。」
「だめだよ。」
僕だって彼女と過ごすよりも、ユーリと一緒に居たいのに、アートとエリックだけ3人で遊ぶだなんてずる過ぎる。
「無理だよ。今は、屋敷の使用人として働いているから、授業が終わったらすぐに帰らないといけないんだ。」
「そっか。そりゃ仕方ないな。トキも俺たち3人だけで遊んでほしくないみたいだし。
またトキの担当に戻ったら、今度は4人で遊ぼうぜ。」
そんな会話を交わしていると、少し前の僕らに戻ったような気分になる。
ユーリが変わってしまったのは、僕がユーリの前で笑わなくなったからだと言っていた。
だったら、後ろめたさや、彼女への苛立ちは全て忘れて、今までと同じように過ごすだけだ。
その日一日は、本当に気まずい雰囲気もなく、今までと変わらない楽しい雰囲気のまま終わった。
決意が変わったところで、少しも楽しくはならなかったウェストファリア嬢との外出を終え、家に帰りつくと、すぐに夕食となり、それが終わると、部屋でさっそく宿題に取り掛かった。
久々の難問に悩みながら集中していると、いつの間にかユーリが部屋に来ていた。
「あれ、ユーリいつの間に?」
「先ほどノックしたのですが、返事がなかったので、申し訳ありませんが入らせていただきました。」
「全然構わないよ。それよりユーリ、この問題の解き方分かる?」
「その問題ですか・・・?」
そういったユーリの表情は、問題の難しさに悩んでいるというよりも、むしろあまりにも、普通な僕の態度に驚いているようだった。
まあ、昨日あんな言い方をしたのだから、今日はどうなるのかと思っていただろうし、困惑するのも当然だろう。
ユーリには言っていないが、テーマは普通。
4人の時には今までのような雰囲気でユーリも楽しそうだったのだから、今度は2人きりの時も今までの雰囲気を取り戻したい。
あくまでも何事もなかったように普通に振る舞い笑う僕に、ユーリも徐々に慣れてきたようで、その日の宿題と予習が終わる頃には、ユーリもかつてのように笑うようになっていた。
「トキ様、そろそろ失礼いたします。」
「もうそんな時間だね。明日もおいで、ユーリ。」
その言葉に頷いた姿を確認し、すかさずユーリに口付けて続けた。
「好きだよ、ユーリ。」
その言葉にユーリが反応を返す前に、扉を閉めた。
勝負はこれからだ。




