葛藤
トキ様が私のことを好き・・・・?
ついにばれてしまったのだろうか?
違う、確か、“男同士でも関係ない”と仰っていた。
どうしよう、すごく嬉しい。
婚約者ができたから、私のことが邪魔になってしまったのかと思っていたのに、まさか全く逆のことを言われるとは思っていなかった。
でも、どうしよう。
今度は不安を感じてそう思う。
トキ様に、好きだと言ってもらえてすごくうれしいのは事実だけど、私とトキ様では所詮身分が違う。
家が落ちぶれていなかったなら・・・
とも思うけれど、たとえ、トリアノン家が最も権勢を誇っていた時であっても、サンジェルマン家からしたら、取るに足りない家なのだ。
まして、今や完全に身分が違うし、第一トキ様にはウェストファリア家の御令嬢というこれ以上ないほどの婚約者がいる。
トキ様には申し訳ないけれど、私が本当は女だということは決してばれるわけにはいかない。
今は、所詮男同士だから、という気持ちがある種の押さえになっているかもしれないが、あのお優しく、誠実なトキ様のこと、本当は私が女だと知れば、たちまち罪悪感に駆られるようになってしまうのだろう。
罪悪感・・そうだ、とりあえずトキ様を追いかけなければ。
トキ様は部屋を出る直前、私に謝ってから出ていかれていた。
このままではそれこそ、トキ様に余計な懸念を与えてしまうことになる。
そうは思っていても、いざトキ様の部屋の前に立つと、緊張してきてしまう。
さっきは混乱して忘れていたけれど、よく考えればトキ様には、好きだと言われたばかりか、キスまでされてしまったのだ。
人生初めてのキスは、強引だったはずなのに、どこか優しくて、そしてとても甘かった・・・
思いだしていると、余計に入りにくくなってきた。
しかし、こうしている間にも、トキ様はきっと苦しんでいらっしゃるのだから、早くはいらなけらば。
思い切ってノックしてみるものの、予想通り、返事はなかった。
いつもだったら、返事があるまで待ち続けるところだけれど、今回はそうしている場合ではない。
「失礼いたします。」
入室の声をかけるとともにトキ様の部屋に入ると、ひどく驚いたように、そして怯えたように私の方を見ていた。
「ユーリ、さっきは本当にごめん。
あんなことをして怖かったよね。それに、あんなことを僕に言われて、されて気持ち悪かったよね?
謝っても謝りきれないけれど、本当にごめん、でも、お願いだから嫌いにならないで。」
「気持ち悪いだなんて、全く思いませんでしたよ。
トキ様は、私を好きでいてくださったのでしょう。そのお気持ちは大変嬉しかったですよ。」
その言葉通り、身分が違うとか、婚約者とかめんどくさいことを全て除けば、嬉しくてたまらなかった。
「でも、ユーリに思いを伝えるだけならともかく、ユーリの言葉も聞かず、強引にあんなことをしてしまって・・・」
「お気になさる必要はありません。トキ様、トキ様にどう扱っても構わないと言ったのは私ですし、トキ様には私を自由にする権利があるのです。だから、あの事をトキ様がお気に病む必要は全くありません。」
私が、実際トキ様をお慕いしていた、ということ以前に、そもそも噂に聞く、過去の途中脱落した多くの奨学生たちのように、学費を援助してもらう代わりに使用人として働くこととなったからには、お世話になる家の人たちの言葉には絶対服従が大前提。
家の人はどんなことをしても許されるし、使用人はそれに従うのが当然。
たとえ、長時間働かせ続けようと、過酷な肉体労働をさせようと、はては使用人を慰み者にしようと、代償さえ払っているならば何でも許されるのである。
使用人に許される唯一の拒否が、仕事を辞めること。
家の人は何をしても許されるが、唯一辞めたいという使用人を無理に働かせ続けることだけは許されていない。
だから、あまりにも使用人にひどい扱いばかりをしていたら、必要な使用人すらいなくなってしまうので、ある程度の使用人の扱いに対する分別は必要ということになる。
つまり、私がどう思っていようと、夢の実現のために働き続ける必要があると判断し、辞めることなく働き続けている限り、サンジェルマン家の人々には、私を好きなように扱う権利が与えられるのである。
「結局はそれなのか。ユーリはいつもそうだ、何に対しても、自分は使用人だからの一言で、全てを片付ける。
ユーリが僕の気持ちを受け容れてくれることはないのか?!」
トキ様が悲痛な表情で私に訴えかけてくる。
本当は受け容れてしまいたい、好きだと、お慕いしていると伝えてしまいたい。
こんなにもお慕いしていて、好きだというその言葉にひどく心が喜んでいるのだから。
だけど、この差がある限り、最後に苦しむのは、今以上に苦しむことになるのは、結局はトキ様なのだ。
「トキ様には、ウェストファリア家の御令嬢というこれ以上ないほどの御婚約者がいらっしゃるでしょう?
トキ様がサンジェルマン家の唯一の後継者である以上、彼女を大切になさらなければなりません。
トキ様は私をどう扱おうと自由です。しかし、トキ様には彼女を適当に扱う権利などありません!」
私が宣言すると、しばらく、何一つ音のしない沈黙が漂った。
しかし、その後、今までも激しさが嘘のように穏やかな、だけどどこか諦めたような表情でトキ様が微笑った。
「そうだね。ユーリの言う通りだ。僕には彼女を邪険にする権利はない。
これからも、彼女をできるだけ大切にするよう心がけるよ。
だけど、ユーリに対しては権利がある。
ならば、ユーリは僕の傍に居るんだ。昨日の今日で仕事を変えることなどできないことは分かっている。
だが、全ての仕事が終わったら、必ず僕の部屋に来い、絶対だ。
分かったら今日はもう下がれ。」
初めて聞いたトキ様の命令口調の要望は、聞いている私よりも、言っているトキ様本人が、一番辛そうに感じた。




