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神童  作者: クロ
16/45

限界



ウェストファリア嬢とも上手くやっていこう、そう確かに決意したはずだった。



翌日、学校を出ると、そこにはウェストファリア嬢が待ち構えていた。


「トキ様、こんにちは。

今日はトキ様のことをもっと知りたいと思って参りましたの。」


「こんにちは、ウェストファリア嬢。」


「ウェストファリア嬢だなんて堅苦しいですわ。マリーと呼んでくださいな。


それで、今からお時間いただけないかしら。」


本当はユーリたちと一緒に過ごしたい。だけど、昨日決意したはずだ。ウェストファリア嬢とも上手くやっていくと。


「もちろん。喜んでご一緒させていただきます。ユーリ、エリック、アートまた。」


「いってらっしゃいませ。」


僕から先にウェストファリア嬢の手を取ったのに、ユーリに笑顔で見送られるのがこんなにも悲しいだなんて。


でも、家に帰れば、ユーリとはまた一緒だし、週に何回か会うぐらい、たいしたことではない。



そう思ったのが甘かった。





それからも毎日、ウェストファリア嬢は現れるし、ユーリは部屋で一緒に過ごしていても、徐々に笑顔を見せなくなっていくし、一週間後には、勉強が終わると、すぐに自分の部屋に戻っていってしまうようになってしまっていた。


それからは、僕と過ごす時は明らかに苦しそうで、僕もユーリに対してどこか後ろめたく、ユーリと過ごす貴重な時間は大切なのに、いつしか同時に苦しさも伴うようになっていて、ユーリも僕もお互い、二人の時は笑わなくなっていった。


そこまでしてまで上手くやっていこうと決意したウェストファリア嬢だったが、どうにも好きになれそうになかった。

というより、はっきり言って苦手だった。


いつも身体にまとわりつくような甘ったるいにおいをまとい、それに見合う甘ったるい話し方と、甘えて、わがままが目立つその性格に辟易としていた。


ユーリはいつだってほのかに香るか香らないかというぐらいはかなく薄らとした優しげな香りを纏わせていて、いつだって自分の意思をはっきりと持ち、こっちが甘やかしつくしてようやく少し照れくさそうに甘えていた。

いつも凛としている顔が、ほんの少し綻んで現れる微笑みや、思いがけずうれしいものを手に入れた時の、あの太陽のように輝く笑顔が大好きだった。


それなのに、あんなに大好きだったユーリの笑顔はもはや僕の前では見せることはなく、エリックやアートと一緒に居る時だけは楽しそうの笑っている。

しかも、その笑顔さえ、僕の姿を認めるとこわばってしまう。


失ったユーリの笑顔の代償に手に入れたものは、甘ったるい婚約者の笑顔。


ユーリの夢を壊さないために、その夢に向かってひたむきに頑張る彼の笑顔を守るために選んだはずなのに、僕は何一つ手に入れることができていない。


ユーリが幸せでいてくれればいいと思っていた、その夢を叶えて幸せになってくれればいいと思っていた、その気持ちに偽りはないはずなのに、その隣に僕がいないことがこんなにも悲しい。


それに・・・僕はエリックたちにも嫉妬していた。

2人になると笑顔がなくなるのはお互い様だ。


だけど、どうして彼らの前ではそんなにも惜しげもなく笑うんだ。

かつては、間違いなく一番に向けられていたのは僕だったと言えるのに、どうして今は、僕にだけは向けてくれないんだ。




そうした焦りと、暇さえあればまとわりついてくるウェストファリア嬢への苛立ちに苦しみながら、1ヶ月が過ぎたころ、ユーリが突然僕の担当から外れた。




その日は朝から違和感があった。いつもは起こしに来るはずのユーリは来ず、代わりに屋敷のメイドが起こしに来た。

朝食の給仕もユーリではなく他の使用人が行っていて、朝は一度もユーリの姿を見なかった。

出かける時も、ユーリが来る前に見送られ、ユーリが学校に到着したのは始業ぎりぎりで、休憩時間も僕たちのところに来る気配はなく、気がつくとどこかに行っていて、授業が終わると、あっという間に帰っていった。


それでも不思議に思ったアートはユーリに聞き出したらしかった。


「トキ、ユーリはお前の専属から外れたらしいぞ。何かあったのか。」


「知りたいのはこっちの方だ。」


アートは悪くないのに、苛立ちからついきつい言い方をしてしまった。


申し訳なく思いつつも、とにかく気になってしょうがなかった僕は、二人を置いてさっさと帰った。



そんな日だって、やはりウェストファリア嬢はいた。


「お待ちしておりましたわトキ様。」


「マリー、申し訳ないが今日は時間がないんだ。」


「あら、何かございまして。」


「少し、ユーリの様子がおかしくて。」


「ひどいですわ。今日は一緒に今度のパーティのドレスを見に行ってくださると約束したではありませんか。それなのに、使用人一人の様子がおかしいからと言って約束を破ってしまわれますの。」


いつもだったら、ここで折れていた。だけどさすがに今日はそんな心の余裕はなかった。

ユーリとたったひとつの確かな絆。それが切れたかも知れないのだから。


「申し訳ない。この埋め合わせは今度するから、今日は許してくれ。」


そう言い残し、ウェストファリア嬢が何か反論する前に、急いで走りぬけた。












家に帰れば、すぐにでもユーリに話が聞ける、そう思ったのが大きな間違いだった。


「ユーリと話がしたいんだ。今すぐ呼んできてくれないか。」


「トキ様、申し訳ありませんが、ただいまユーリは仕事中ですので、お呼びすることはできません。」


「どうしてだ、今まではたとえ屋敷のことをやっていてもすぐに来てくれたではないか。」


「今まではトキ様のお相手をすることがユーリの本業でしたので、トキ様のお呼びがあればそちらに行くのが当然。むしろお屋敷のお仕事は、ユーリの優しさで自主的にやっていたものです。


しかし、今はユーリの仕事は屋敷の仕事です。トキ様と話すのは休憩に他なりません。

どうしても今とおっしゃるなら、ユーリの仕事の上りが遅くなりますが構いませんか?」


アートからユーリが専属から外れたらしいということは聞いていた。

だがその意味を初めて分かった気がする。


「分かった。ユーリの仕事は何時に終わるんだ。」


「遅くとも10時には終わっていると思います。」


「ありがとう。ユーリにこのことは言わないでくれ。」


「かしこまりました。」




予想通り夕食の後もユーリが僕の部屋を訪れることはなく、11時を回っても来てくれることはなかった。


そんなにも僕と離れたかったのか・・・


そう思った時、僕の中で今まで我慢していた何かが切れた気がした。





ユーリの部屋へ向かうと一応ノックはしたものの、返事が返る前に中に入り込む。


中へ入ると目に映ったのは、僕の姿を見て驚く姿。


「トキ様、どうかなされたのですか?」


「どうして、僕の担当から外れたんだ!」


「えっ・・・」


「どうして僕の担当から外れたのかと聞いている!」


「トキ様・・・」


目に映るのは突然怒鳴りだした僕におびえるユーリの姿。

わかってはいてももう止められなかった。


「どうしてなんだ、ユーリ!」


「・・・最近トキ様は私といると、いつも苦しそうでした。

前はいつだって笑ってくださっていたのに、今はもう私の前で笑ってくださることはありませんでした。

マリエッタ様の前では、いつだって笑っていらっしゃるのに、私の前に居る時はいつも苦しそうなのです。


なので、もう私は必要なくなったのだと、マリエッタ様という婚約者ができた以上、所詮使用人である友達など邪魔なだけになったのだと思いました。


だからトキ様の担当から外れたのです。幸い旦那さまからはいつでも仕事は変えることができるとお許しを頂いておりましたから。」


「邪魔に思ったことなど一度もない!」


苦しかったのは、こんなにも好きなのに、共に過ごすべき相手は親から与えられた婚約者で、たとえ一方的でも、ユーリに後ろめたく思っていたからなのに。


「やはりトキ様はお優しいですね。

もうよいのですよ。無理して我慢なさらなくても。」


「本当に我慢しなくてもいいのか?」


「構いませんよ。私は最初から一介の使用人にすぎないのですから、どう扱おうと、どう思おうとトキ様の自由なのですから。」



ならばもう我慢などしない。どうせ壊れてしまった絆ならばいっそこの手でぐちゃぐちゃにしてしまおう。

欲しいならば手に入れればいい。ユーリ自身がどう扱おうと自由だと言ってくれているのだから。


「好きだ、ユーリ!友達としてではなく本気でユーリが好きなんだ!

男同士だとか、そんなことは関係ない、ユーリという存在が狂おしいほど好きなんだ!」


「トキ様・・・!?」


それ以上ユーリが続ける前に、その唇を塞いだ。


一瞬驚いたように抵抗もしなかったユーリも、舌をねじ込むとさすがに抵抗を始めた。


だが今さら抵抗されたところでもう止まれない。

ユーリの咥内を蹂躙するように舌を絡めると、やがて抵抗する気力もなくなったのか、徐々にユーリの身体から力が抜けていく。


ようやく唇を放すと、あの穢れ無き瞳が潤み、今にも泣きだしそうになりながら僕を見上げていた。


「トキ様・・・。」


その瞳に、その言葉にはっとする。

僕はなんてことをしてしまったのだろう。

ユーリのために、ユーリの夢と笑顔のために諦めていたはずなのに、僕自身の手で傷付けてしまった。


「すまなかった・・・。」


そう言い残すのが精一杯で、僕はユーリの部屋を出て行った。






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