北へ向かう二枚の地図
首府のイナのもとへ、北方から二枚の地図が届いた。一枚はグラウゼンの商路、もう一枚はラウゼとミシュラの峠の戦線だった。両者には同じ山脈が描かれているが、通れる道が一致していない。
商人の地図では雪崩を避けるため谷を大きく迂回する。軍の地図では、最短の尾根道が太い線で示されている。線の太さだけでは、どちらが本当に使えるか分からない。
イナは地図の出所と作られた季節を確かめた。軍の地図は夏のもの、商人の地図は最近のものだった。雪の深さが変われば、近い道が遠くなる。
上官は二枚を重ねて一本の道を描くよう命じた。しかしイナは、地図を合わせることで誤解が増えると説明した。旅人と兵では必要な広さも違い、荷車が通るには別の条件がある。
彼は線を消さず、時期を示す小さな印を付けた。誰かが地図を持ち出したとき、どの道が安全かを自分で確かめられるようにするためだった。
夜、北から旅をしてきた女商人が記録室を訪れた。彼女は地図の一角を指し、そこには小さな集落があると告げた。二枚とも空白にしていた場所だ。
女商人は空白の集落が雪解け水の近くにあると教えた。そこで暮らす者は、北の兵が近づくと放牧の群れを隠すという。イナは地図へ家の数を記さず、水と道の位置だけ残すことにした。公にしない情報が必要な理由を上官へ説明するのは難しい。しかし地図を見た者がただちに徴税隊を送るなら、記録は村の安全を奪う道具にもなる。
イナは集落の名を尋ねた。女商人は、そこの人々がどちらの国の税も払っていないことを先に伝えた。名前を書けば兵が来るのではないかと恐れているのだという。イナは村の位置だけ別紙へ記し、閲覧者を限ることにした。




