領主の返答
エドランから首府へ届いた書状には、水路を軍道に使わない約束を正式に認めてほしいとあった。アルセンは署名を前に躊躇した。戦争が激しくなれば、軍を最短の道で動かす必要があるからだ。
側近は約束を拒めば西岸に弱みを見せないと主張した。別の側近は、水路を戦場にすれば村からの穀物が止まると警告した。
アルセンは文面を読み直し、「使わない」という言葉を「双方の事前協議なしに使わない」へ改めた。完全な平和でも無制限の軍事利用でもない。破れば誰が何を失うかを明確にするためだった。
書状を受け取る使者は、これは領主の約束であって王の命令ではないと念を押した。上位の権力が戦場を動かす可能性は残る。
アルセンは承知していた。領主として守れる範囲しか書けないことを、彼自身が歯がゆく思っていた。
使者が出発したあと、側近が「西岸はいずれ攻めてきます」と呟いた。アルセンは反論せず、徴税の報告を求めた。戦争が始まると予測することはできても、予測だけで麦を増やせない。
水路の傍らには、修理したばかりの小さな木橋があった。東西の農夫が共同で使い、軍が通れば重量に耐えられない。アルセンの側近は、その橋を壊せば侵入を防げるのではないかと言った。領主は首を振った。敵だけでなく、自分の村人も通れなくなるからだ。建物を壊して安全を作ることはできても、壊したあとの暮らしまで守るとは限らない。
夕方、書状を運ぶ青年は橋へ向かう途中で壊れた水車を見た。約束が破られれば最初に傷つくのは、この水車を直している人々だろう。彼は封書を雨に濡らさないよう衣の内側へしまった。




