鐘を鳴らさない日
西岸の小村では、墓地の鐘を一日だけ鳴らさないことになった。鐘楼が傷み、揺らすと上の石が落ちる恐れがあるからだ。村人は作業の安全を理解しながらも、不安そうだった。鐘は死者を送るときだけでなく、山火事や敵襲を知らせる合図でもあった。
村の青年は代わりの木板を作り、叩いた音がどこまで聞こえるか試した。ところが森の向こうへは届かず、川沿いの家には強く響いた。家々の配置によって安全な知らせ方が違う。
ヴァルドの司令部は軍用の鐘を貸すと申し出た。村長は礼を言ったが、軍の鐘を使えば毎回兵が集まってしまうと断った。
職人たちは鐘楼を解体せず、まず内部の足場を補強した。落ちそうな石が一つ見つかり、作業を半日止めた。安全を急ぐほど事故が起きるという矛盾に、誰も良い答えを持っていなかった。
その夜、村の老女が亡くなった。家族は鐘を鳴らさず、小さな灯りを持って墓地へ向かった。村人は行列を見て集まった。
翌朝、修理が終わり、鐘は試しに一度だけ鳴らされた。その音は軍の見張りにも聞こえたが、兵は動かなかった。事前に修理の知らせを受けていたからだ。
鐘を使わなかった夜、遠くの畑で働く家族には死者の知らせが届かなかった。翌朝になって知り、弔いに間に合わなかったと悔やむ者がいた。村長は鐘を止める理由を家々へ伝えたつもりだったが、山の上の家を一軒忘れていた。修理の記録には石の傷だけでなく、知らせが届かなかった家も記された。道具が壊れたときに困るのは、道具のそばにいる者だけではない。
村長は鐘楼の戸へ、新しい合図の一覧を書き付けた。音そのものより、音を聞いた者が何を知っているかの方が、村の安全を左右していた。




