兵の嘆願書
西岸の兵舎で、盾兵二十人が署名した嘆願書が集められた。内容は給金の引き上げではない。家族へ送る穀物の配分を、死傷した兵の家にも続けてほしいという願いだった。
隊長は軍紀を乱す行為だと考え、筆頭の兵を呼び出した。兵は戸惑いながら、自分の隣で戦った男の妻が冬を越せないと話した。男の名は戦死者の欄へ移され、家族に届く麦が止まったという。
隊長は規則を変える権限を持たないため、嘆願書をヴァルドへ送った。司令官は法務係に制度を確認させた。死者の家族には一時金があるが、穀物を渡す決まりはない。しかも一時金は首府へ申請しなければ届かない。
ヴァルドは兵たちを解散させるよう命じたが、嘆願書は破らなかった。戦死を届ける伝令に、家族の必要な食料も記録させることにした。
「全員に約束できますか」と隊長が聞いた。
「できん。だから数える」
筆頭の兵は処罰されず、翌日も見張りに立った。しかし彼が守る橋の向こうでは、別の軍の遺族も同じ冬を迎えている。自軍の制度が直っても、世界の痛みが消えるわけではなかった。
法務係が調べると、一時金の申請は戦死者の所属部隊が証明する仕組みだった。隊が解散した場合、申請を受け取る者がいない。嘆願書に名のあった兵の友人は、解散した隊から妻へ送る手紙を何枚も持っていた。司令部は軍の印を押し直して証明と認める案を検討した。制度を作る者は想像しなかったが、戦争が長引けば部隊そのものが消えることもある。
食堂の隅には、署名できない兵が残っていた。彼は字を習い、次の申請書には自分の名を書きたいと言った。隣の兵は木炭を渡し、濡れた机に最初の線を引かせた。




