盾の裏の名前
東岸の修理場で、古い盾の裏に四人分の名前が刻まれていることが見つかった。最も古い字はほとんど消え、最後の名前だけが深く残っていた。盾を預けた兵は自分の家のものではなく、市の倉から支給されたと答えた。
工房長は修理のため板を外したが、裏側には焼けたような跡があった。戦場で受けた傷ではなく、かつて家の扉に使われていた頃の火事の跡らしい。
兵は元の持ち主を探したいと言った。工房の若い職人は、盾の持ち主など数えればきりがないと笑ったが、兵は名を持つ者が四人いたことが気になった。
修理場へ来たノア先生が文字を読み、三番目の名前の下に小さな村の印を見つけた。東岸の学校で使う古い地図に、その印が残っていた。
地図の場所は現在の国境線から遠く、村そのものはもうない。兵はそれを知って少し落胆した。
ノアは村を失った人々がどこへ移ったかを調べる方法を教えた。年寄りの歌、墓石の模様、昔の市場の記録。すぐには答えが見つからなくても、名前は使い捨ての木片より長く残る。
完成した盾を受け取るとき、兵は自分の名を追加しなかった。まだ誰かの家の一部だったものに、戦場の記録まで刻みたくなかったからだ。
兵は盾の名をノアから聞いたあと、古い村の印を紙に写した。戦場へ戻ったとき、敵味方の兵が同じ形の盾を持っているのを見たことがある。盾が移った道を知れば、かつて争った家族がどこかで繋がっていると分かるかもしれない。そう考えながらも、いまの仲間には話さなかった。剣を持つ者に必要な沈黙もあると、彼は学び始めていた。
工房長は余った革を小さく切って紐を作り、盾を持ちやすくした。兵はその紐を締め、明日の見張りへ戻った。盾が守るのは腕だけではないと考えたが、その考えを誰にも話さなかった。




