消された市名
南西の王領に届いた新しい地図では、三市連邦のうち一市の名前が消えていた。代わりに「旧属領」と記されている。地図を写した書記は、王都から配られた原本通りだと主張した。
境界に立つ王領の将校は、これを公にすれば連邦との交渉が止まると恐れた。けれど原本の書き換えを勝手に直せば、軍法に触れる。
彼は地図を二枚用意した。王都への報告には公式版を使い、共同修理の現場には昔からの地名を残した。二つの呼び名が同じ場所を示すことを、書記は確認していた。
青盾側の案内人は、消された市が自分の生まれ故郷だと気づいた。「王都には、私の家が見えないのですか」
将校は答えられなかった。王領では戦の前から、土地の名前が勝った王の名へ変えられてきた。人が住んでいることと、地図に載ることは同じではない。
その日、案内人は修理現場までの近道を教えるのを断った。書記が正式な地名を尋ね直すと、彼女は祖母が使っていた古い呼び名を告げた。
将校はそれを欄外に書き足す許可を与えた。王都の命令を消すことはできないが、地元の者を道に迷わせる理由もなかったからだ。
書記は公式地図を写しながら、消された地名の場所へ小さな点を置いた。新しい呼称を知らない旅人が迷わないよう、古名との対応表を別に作ったのだ。それは命令に逆らう文書にも見えたため、将校は保管場所を厳しく定めた。後に王都から検査官が来れば、なぜ二つの名が残るのか説明しなければならない。誰もその責任を軽く見ていなかった。
夜、二枚の地図は別々の封筒に収められた。どちらの紙も同じ山を描いているのに、そこに暮らす人の数だけが違って見えた。将校は送り先を間違えないよう、封を二度確かめた。




