干潮の家
河口ルーヴェの下町で、漁師の家が床下まで水に浸かった。海から押し寄せた潮と川の増水が重なったためで、どちらの国の水門も閉まっていなかった。町長イベラは責任を問う使者より先に、濡れた家財を運ぶ場所を確保した。
避難所に選ばれた倉は、昨年の税を納められなかった商人の持ち物だった。持ち主は使用料を求めた。家を失った者の中には、その商人へ魚を売っていた家族もいる。誰も簡単には拒めなかった。
イベラは町の金庫から当面の費用を出し、後日負担を決めると約束した。彼女の提案を受けて、商人は倉の鍵を預けたが、帳面には一日ごとの金額を書き込んだ。
湿原から来たオーデンは、堤防の外側へ石を足す案をやめるべきだと告げた。外へ積めば潮の行き場を変え、隣の浜が削られる。守る範囲を広げるほど、別の家を危険へ追いやる可能性があった。
家を流された漁師は、堤防の工事を待たず高台に住み替えると言った。だが舟を毎朝運ぶのは難しい。イベラは低地の共同船置き場を残すため、家と仕事場を別の場所へ置く案を考えた。
夕方、避難所の床には魚の匂いが満ちた。家族が持ち出せた干物を皆で分けたからだ。倉の持ち主も一枚受け取り、使用料の帳面を閉じた。
倉を貸した商人は、避難してきた子どもたちが商品を壊すことを恐れていた。イベラは倉の中央に仕切りを立て、濡れた荷と乾いた商品を分けた。これで避難場所は狭くなるが、商人の生活を奪わずに使うことができる。夜には年寄りが倉の扉番を引き受け、商人自身も安心して休めた。次の潮で倉まで水が来ないか、誰も確信はなかった。
翌日の潮は静かだった。しかしイベラは昨日の浸水線を消さず、壁の高い位置に刻ませた。静かな朝が、安全な土地を証明するわけではなかった。




