下り坂の荷車
峠を制圧したミシュラ軍の補給列は、下り坂で荷車を一台失った。車軸が折れ、積んだ麦が谷へ散ったのだ。兵糧官は護衛が怠けたせいだと責めたが、車輪を調べた職人は木材の中に古い割れ目を見つけた。
ゲレンは兵糧官に、次の荷が着くまでの日数を尋ねた。返事は九日。峠にいる兵の食料は六日分しかない。後退すれば南の谷へ道を開けるが、進めば今いる兵が飢える。
彼は前線の兵を半分ずつ交代させ、近くの岩穴へ食料を避難させた。守る場所を一つ減らし、残りの場所で持ちこたえるためだった。部下は本国に弱気と見なされると恐れた。
「飢えた者へ勇気を命じても、腹は満ちん」ゲレンは言った。
夜には、散った麦を拾っていた少年が捕らえられた。避難した村の子で、病気の祖母へ持ち帰ろうとしていた。護衛兵は盗みとして縛ったが、ゲレンは折れた車軸が事故の原因だと知っていた。
少年は麦をすべて返した。将軍は罰を与えず、軍の使えない穀物を選り分けて渡した。兵糧官は反対したが、泥だらけの麦を倉へ戻せば食料を傷めるだけだった。
補給隊の兵は破損した車軸について、部品を検査する人手がないと訴えた。出発前に材木を確かめれば防げた事故だが、後方の工房も負傷者を抱えていた。ゲレンは誰か一人を罰するのではなく、最も坂のきつい区間を通る車から先に点検させる方針にした。全車を一度に直すことはできず、修理の列は次の荷の到着を待つことになった。
翌朝、職人は壊れた車輪を捨てず、木の芯から割れた箇所を切り取った。残りは荷台の支えに使える。ゲレンはその報告を読んで、峠を取ることと峠に居続けることが別の仕事であると、改めて部下に言い渡した。




