名を二度書く
ラウゼの仮住まいで、負傷兵の記録を任された青年は名簿を二冊作っていた。生きている者と、行方が分からない者。ところが同じ名が両方に載り、食料の配分をめぐって争いになった。
青年は文字を習い始めたばかりで、同じ名の人間が二人いることを知らなかった。一人は峠を守った盾兵、もう一人は荷車を引いていた農夫だった。祖父の名を継いで同じ名前になったという。
イザクは軍の名簿を見せたが、農夫は登録されていない。避難民の老女は「軍にいないなら人間ではないのか」と怒った。青年は言い返せなかった。
老人教師は、名の隣へ親族と生まれた村を書く方法を教えた。ただし故郷が焼けた者には答えたくない事情もある。誰も無理には聞かないことにした。
記録を直したあと、青年は片腕では持ちにくい帳面を膝へ置き、ゆっくり線を引いた。失った腕の力を惜しむ気持ちは消えない。それでも二冊の名簿は、昨日より人の顔を正確に表せるようになった。
その夜、峠から別の避難民が到着した。母親は息子の名を告げ、息子は自分がすでに死亡者の欄に記されていることを知った。
死亡の報が流れた経緯を辿ると、戦場で拾われた盾を別の小隊が持ち帰り、書記が持ち主を戦死者と判断していた。青年はその古い記録を消そうとしたが、教師は誤記の理由を残せと勧めた。二度と同じ噂を立てないためだ。帰還した息子の母親は名を修正してもらうより先に、食堂で彼に一椀の粥を食べさせた。
青年は消す前に、どうして死んだと伝わったのかを聞いた。盾が見つかり、持ち主が帰らなかったからだという。息子は自分の盾を失った事情を話した。名簿から名を消すより、誤りが生まれた道筋を残すほうが、次の家族の悲しみを減らせると青年は考えた。




