霧の峠
北方小領邦ラウゼの峠では、灰褐色の盾を持つ隊が夜明けに敗走した。隣国ミシュラの兵は青い縁取りの盾を連ね、道の狭い場所を押し切ってきた。弓矢も槍もない戦いでは、斜面で盾を重ねる一歩が重かった。
守備隊長イザクは岩棚へ兵を移し、戦列を狭くした。敵は数で勝っていたが、坂を上る間に左右へ広がれない。剣の刃が盾へ当たり、岩に靴が滑る。倒れた者を起こそうとした兵が次に押され、隊列の端が崩れた。
イザクは後退を命じた。勝てない場所に踏みとどまれば、峠を失うだけでなく村へ戻る兵まで失う。部下は撤退命令を聞いて驚いたが、隊の旗を先に退かせた。
村では避難の準備ができていなかった。住民は、軍が一日で戻るとは思っていなかったのだ。イザクは村長に時間を求めるため、入口の石段を守る小隊を残した。
「どれほど持ちます」
「分からない。持てるだけだ」
村長はその返事を責めず、家々へ荷の数を減らすよう伝えた。運べるものは食料と毛布、家畜の一部だけだった。
夕方、最初の避難民が南へ出た。老女は戸口を撫でてから歩き始め、若い兵が荷を背負った。峠の上では青い縁の盾が並び直していた。
兵の一人が、峠を捨てれば敵が村の麦を使うと訴えた。イザクはその通りかもしれないと答えた。だが麦を守るために村人まで置き去りにしては、いったい誰のための畑なのか分からなくなる。彼は倉を燃やす命令も出さなかった。戻る日の可能性を、こちらの手で消したくなかったからだ。隊列の後ろでは老人が何度も家の鍵を確かめていた。
村を守る戦いと、村を残す戦いが同じではないことを、イザクはもう知っていた。




