河口の町
大河が海へ注ぐ手前に、ルーヴェという町があった。東西いずれの軍旗も掲げず、漁と塩干しで暮らしている。町長イベラは戦の知らせを聞くたび、港ではなく堤防へ足を運んだ。
近年の洪水で堤防が削られ、海からの潮が畑へ入るようになった。ここが破れれば、戦が終わっても米は育たない。町の大工と農夫は土嚢を積み、子どもは縄を運んだ。
そこへ東岸の徴税役人が来て、大河沿いの漁獲を領主へ納めよと求めた。翌日には西岸の役人も同じことを言った。どちらも旧地図を持ち、河口は自分の領地だと主張した。
イベラは二人を堤防へ案内した。
「取るなら、まずこの穴を塞ぐ人を出して」
役人たちは互いの顔を見た。どちらも税の命令書は持っていたが、土を運ぶ許可は持っていなかった。
町長は納付を拒んだのではない。修理が終わるまで魚を保存し、損害を数えてから配分を話し合うよう提案した。急げば魚は腐り、約束だけが残る。
夜、潮はわずかに堤防を越えた。若者たちが鐘を鳴らし、家々から人が集まった。二人の役人も泥の中で土嚢を運んだ。翌朝にはどちらも自軍へ、河口の町は修理の人手を求めていると報告した。
町の子どもは、どの国の旗が掲げられるのかと町長に尋ねた。イベラは堤防の上から港を見せ、「風向きを知らせる布なら要るけれど、ここへ軍旗を立てる相談はしていない」と答えた。中立の町を守るためにも、荷がどこから来たかの記録は必要だ。翌日、港の帳場には出発地を書く欄が一つ増えた。旗の名前ではなく、人が歩いてきた道を記すためだった。
町の帳面にはその日、税として取られた魚はゼロ、積まれた土嚢は百四十一と記された。




