地図の余白
東岸と西岸の巡察隊が争った畑道は、二つの地図で位置が違っていた。エドランは古い測量簿を探させ、軍の地図と村の地図を机に広げた。川の支流が変わるたび境界石が移され、記録はその都度書き足されている。
測量士の女性ヴェラは現地へ赴き、畑の持ち主を訪ねた。老人は石の移動を認めたが、理由は意外に単純だった。
「牛を通すのに邪魔でな」
「境の石だと知っていましたか」
「父はそう言っていた。けど畑の境だと思ってたよ」
老人は石を半歩ほど道の端へ寄せただけだった。その半歩が軍の巡察路を変え、盾を押し合う二隊を生んだ。
ヴェラは石を元へ戻すよう急がなかった。元の場所も、今では誰も正確に覚えていないからだ。代わりに古い木立と水路の跡を基準に、両軍で現地を測り直すことを提案した。
西岸のルド隊から一人が立ち会い、東岸のエリンも来た。二人とも負傷した部下の容体を聞く前に、畑の持ち主へ謝った。苗は踏まれ、収穫は減ってしまう。
「石が戻っても麦は戻らんよ」
老人は淡々と言い、傷んだ苗を起こした。軍人たちは作業を手伝ったが、剣帯が泥に触れるのを気にする者もいた。
測量に用いた鎖は、古い鉄片を繋いだものだった。ヴェラは伸びた輪を見つけ、同じ距離を二度測り直した。誤差が出たことを軍の将校へ伝えると、彼らは不機嫌そうな顔をした。しかし間違った数字をきれいに並べるより、どこまで分からないかを示すほうが役に立つ。彼女は確かな目印だけを黒で記し、未確認の場所には別の色を使った。
夕方、仮の目印が立てられた。正式な国境ではないと双方の地図に注記された。まだ争いが解けたわけではない。ただ翌朝、同じ道で剣を抜く理由が一つ減った。




