手紙の宛先
西岸の避難民の間では、手紙を配る女シアが頼りにされていた。紙を持たない家族には言葉を覚え、次の天幕へ運ぶ。彼女は郵便の仕組みが失われた地方で、十年近くそうして暮らしてきた。
ある日、東岸の学校から一通の手紙を預かった。橋を渡った少女が、まだ西岸にいる祖母へ書いたものだった。内容は簡単で、熱が下がったことと、学校で名前を呼ばれたことだけ。
祖母の天幕を訪ねると、すでに移動したあとだった。西岸の兵は避難民の位置を詳しく記録しておらず、シアは残された足跡と隣人の話をたどった。
二日後、祖母は南の食料配給所で見つかった。手紙を聞くと、何度も同じところを読んでほしいと頼んだ。シアは声がかれるまで読んだ。
「名前を呼ばれたのね」
祖母が言った。
「ええ。学校で」
「向こうでも、あの子は一人じゃないのね」
シアは返事を書こうとしたが、祖母は自分では字が書けなかった。代わりに故郷の歌を一節、口にした。シアは節回しを覚え、言葉だけを紙にした。
帰り道、軍の伝令が彼女に声を掛けた。西岸司令部は、避難民の所在を調べるため配達先の記録を見せてほしいという。シアはすぐには渡さなかった。
「病人のいる家も、隠れて暮らす人もいます。全部見せれば、手紙を頼む人がいなくなる」
祖母は返事に添えて、孫が小さい頃に使った布の紐を渡した。いつも髪を結んでいた色褪せた紐だ。シアは汚れを避けて封筒の中へ入れ、落とさないよう糸で縫い留めた。旅の途中には検問があり、届け先を言えない手紙は通してもらえないこともある。彼女は封筒に学校の名だけを書き、家族の細かな居場所は書かなかった。
伝令は困り、相談して戻ると言った。シアは手紙の束を胸へ戻し、日暮れの道を歩き続けた。




