小麦と誓約
東岸の領主代理アルセンは、評議会から届いた穀物表を前にしていた。彼は東の高地を守る兵の指揮を執り、橋のことはエドランへ任せている。避難民の受け入れが進むにつれ、高地の村長たちから不満が寄せられた。
「我々の種麦を、戦をしていた者へ与えるのか」
領主館に来た男はそう尋ねた。アルセンは倉の鍵が軍にはないことを説明したが、男は納得しなかった。
「領主なら止められるでしょう」
「止める権限はある。しかし、その後の冬をどうするかも私が決めねばならん」
彼は軍の予備穀物から一定量を医療所へ回す案を示した。代わりに高地の巡察隊は縮小する。誰かにだけ負担を押しつけるわけにはいかなかった。
数日後、評議会は条件を付けて了承した。病人の人数を週ごとに報告すること、余った分を勝手に別の軍へ渡さないこと。アルセンは署名した。
その夜、側近は領主代理が弱腰だと噂されていると告げた。アルセンは書類をしまい、薪の残りを見た。
「弱いと呼ぶのは簡単だ。種を残すことも、子を死なせないことも簡単ではない」
高地の兵舎では巡察が減ると聞き、見張りの若者たちが不安を口にした。アルセンは自分でも古い防壁を歩き、見えにくい曲がり角を確かめた。巡察人数を減らしても、鐘の合図と交代の順番を変えれば穴を小さくできる。兵を村へ返した後も責任は終わらない。領主代理は翌週に現地を見直す日を手帳へ書き、失敗があれば戻す余地を残した。
高地には、まだ雪が積もっていない。農家は畑の溝を掘り、兵は古い防壁の隙間を塞ぐ。どちらも冬のための仕事だが、互いの人手を少しずつ奪い合っていた。




