堰の夜番
堰の石は少しずつ据わり、水が戻り始めた。だが夜間にはまだ崩れる危険がある。ベルクは職人たちから二人ずつ選び、交代で水位を確かめる役を設けた。
ある夜、西岸の若い兵フィンと東岸の工夫ダレクが同じ番になった。二人は互いの名を知っていたが、話すことは少なかった。ダレクは兄を戦で失い、フィンも東岸の故郷から逃れてきたからだ。
「朝まで何を見ている」
フィンが尋ねると、ダレクは指を差した。
「水音だ。あの石の裏が空洞になると、音が高くなる」
二人はしばらく黙って水を聞いた。夜半、確かに高い音が混じった。ダレクが灯を掲げ、フィンが眠る職人を起こした。
崩れた箇所は小さかったが、そのままなら朝には石列が倒れていたという。ベルクは濡れた靴のまま作業を指揮し、夜明けまでに補強を終えた。
「よく気づいた」
親方に褒められ、フィンは首を振った。
「音を知っていたのはこっちの人です」
ダレクも礼を言わず、ただ二人で使った灯を消した。互いを許したわけではない。それでも水を守る夜の仕事には、相手の耳を借りる必要があった。
朝の作業が始まると、ベルクは補強した石の位置を他の職人へ教えた。フィンとダレクが夜中に起こした騒ぎを知らない者は、その石が最初から丈夫だったと思うかもしれない。親方は危険な箇所に赤い布を結び、誰でも気づけるようにした。作業を守った手柄は二人のものでも、次の事故を避けるための知識は全員へ渡さなければならなかった。
翌朝の報告では、異常発見者の欄に二人の名が並んだ。軍籍が異なることに、記録係は一度だけ筆を止めた。やがて何も消さず、そのまま次の行へ進んだ。




