渡らなかった使者
東岸評議会は西岸へ使者を送ることにした。正式な交渉ではなく、水路の作業を守るための連絡だ。選ばれたのは元税吏の女性メレン。彼女には以前、両岸の市場を往復した経験があった。
しかし橋の前で、西岸兵が通行印の不備を理由に足止めした。古い印章は通用せず、新しい印章を持つ役人は司令部から戻っていなかった。メレンは怒鳴らず、待合小屋の椅子に腰かけた。
「このまま帰れば、堰の工事が止まります」
門番は困った顔をした。命令を破れば罰せられる。通せば見知らぬ使者が軍の内側へ入る。
午後、ハルヴァンが通りかかった。事情を聞き、交渉の内容が橋を越えても危険でないことを確かめた。それから使者を直接通すのでなく、書状だけを司令部へ運ぶと提案した。
メレンは書状を封じ直し、宛名にヴァルドの名を明記した。自分は橋の東側で返事を待つ。伝令は西側の兵のまま動く。それなら誰の規則にも反しない。
夕方、返答が来た。工事現場での剣の抜刀を双方に禁じると記されていた。ただし違反時の処分は各軍が行う。
メレンは紙を持ち帰り、評議会へ説明した。交渉の相手を直接見ることはできなかったが、必要な仕事は一つ進んだ。
門番の若者は、使者を待たせたことを気にしていた。彼の手元には違反者を罰する規則しかなく、臨時の通行を認める方法が書かれていない。メレンはそれを聞いて、次回のために西岸の書記へ照会を出した。門番には白湯を入れ直して礼を言った。相手を困らせた制度を変えるには、まず何が足りなかったかを明らかにする必要があった。
待合小屋には、彼女が飲まずに残した白湯が冷えていた。門番は杯を片づけ、次の旅人へ道の状態を教え始めた。




