海から吹く風
赤環市の港には、船を停める場所だけが残っていた。大戦の後に大きな船は造られなくなり、岸壁は塩の乾燥場と物置になっている。海を越えた国の噂は、陸路を何か月も歩く旅人が持ってくるものだった。
港の記録係シーヴァは、遠方から来た男の話を聞いた。南西には青い盾を使う連邦があり、そのさらに西では、海峡を挟む二つの王国が長い戦いを続けているという。
「どちらが勝っている」
「勝った土地はあります。でも、冬に保てるかは別でしょう」
男は濡れた外套を火の前に掛け、地面に指で国境を描いた。軍の旗が変わるたび、市場の通行印も増える。男はどの旗の下でも、道を歩く者だった。
シーヴァは証言を一枚の紙にまとめ、市の掲示板に貼った。翌朝、誰かが「嘘だ」と書き足していた。北の大河以外にも戦があると認めたくない人もいれば、遠い国が実在することを忘れかけた人もいた。
塩田の若者が、なぜそこまで歩いたのかと旅人に尋ねた。
「母の故郷を探したんです」
「見つかった?」
「地名は見つけた。家はなかった」
それだけ答え、男は次の宿場へ向かった。手持ちの剣は鞘に納められたままだった。
旅人が残した言葉には、同じ海峡を二つの名前で呼ぶ国があった。シーヴァは片方だけを正しいと決めず、両方を書き留めた。港で働く老人がそれを見て、昔も海の名をめぐって喧嘩したものだと笑った。その老人さえ、向こう岸へ行ったことはない。
シーヴァは新しい地図を描かなかった。話を聞くたび線を引き直していては、紙が足りないからだ。代わりに出会った人の言葉を日付とともに残した。海からの風は冷たく、港の広場では塩の結晶が白く光っていた。




