敵の名前
西岸軍の訓練場では、新兵が剣を振っていた。木で作った練習用の刃でも重く、盾を持つ腕がすぐ下がる。教官のギルは腕力より、隣の者と歩幅を合わせる練習を長く続けさせた。
新兵の一人、フィンは東岸から逃れてきた若者だった。父の村は戦線が動いたとき両軍に食料を出し、最後にはどちらの領主にも見捨てられた。
「敵はどちらですか」
訓練の休憩中、彼は教官に尋ねた。
「こちらへ剣を向ける者だ」
「では、先月まで一緒に住んだ隣人も?」
ギルはすぐに答えなかった。自分も若い頃、前線が移った日に昨日の味方を敵として教えられた経験がある。
「軍の印は変わる。そこだけで人を判断するな。だが、戦列で迷えば隣の者が死ぬ」
フィンは盾の取っ手を握り直した。答えは曖昧なままだが、曖昧でなくてはならないこともあると知った。
夕方、訓練場の外に避難民の荷車が到着した。ハルヴァンの娘と同じ年頃の子が、道端で落とした靴を探している。フィンは訓練を終えると一緒に探した。
見つかった靴は片方だけだった。彼は自分の予備の布を渡し、もう一方の足を包むよう教えた。剣の稽古で擦れた手には布の結び目が痛かった。
教官は夜、訓練用の木剣を一つずつ点検した。刃の先が割れていると、稽古で人を傷つける。実戦の剣のほうが重くても、初めて剣を持つ若者には木の欠片が怖いこともある。ギルは折れかけた一本を外し、翌日に交換するよう札を付けた。
家族の名を呼ぶときと、点呼の返事では声の響きが違った。
夜の点呼で、フィンははっきり返事をした。所属する軍は決まった。しかし心の中で呼ぶ敵の名は、まだどこにも書けなかった。




