消えた王冠の噂
北方の食堂で、アスタレ国王が戦死したという噂が広がった。誰かは王冠が谷に捨てられたと言い、別の者は敵へ降伏したと言う。国が小さくとも、王の死を聞けば避難民の帰る場所はさらに遠くなる。
セリアは噂を記録しながら、証拠のないものには印を付けなかった。使者が持つ王家の布は本物でも、使者自身が王の最期を見ていない。彼が知っているのは城門が焼け、鐘が鳴らなくなったことだけだった。
コランは食堂の端で大人たちの話を聞いていた。「王様は走るのが遅いの」と突然尋ねた。教師は、なぜそう思うのかと聞き返した。少年は、城から逃げる列に王の姿がなかったと言った。
兵たちは笑わなかった。王が列にいなかったから生きているとも、死んだとも言えない。セリアは少年に絵を描かせた。大きな石門、その脇の階段、荷車の列。そこまで描いたとき、少年の手が震えた。
教師は筆を置かせた。情報を得るために傷を広げてはならない。少年は絵を畳み、木椀へ入れた。
古い王家の紋章を持つ商人が、王都の西に新しい砦ができたと証言した。砦の兵は旧国王の名で税を取り、別の旗も掲げているという。セリアはそれを復興の兆しとは受け取らなかった。王の名を使う者は王の命令を受けた者だけとは限らない。誰が誰から食料を集め、その先へどう運んでいるか、次の使者へ調べさせた。
城へ続く橋が残っているかも、商人は確認していなかった。
夕暮れ、グラウゼンの掲示板には「アスタレの王位未確認」とだけ書かれた。避難民の中にはそれを希望と受け取る者がいた。別の者は、確認されない死者が家にもいると呟いた。




