水路の逆流
湿原の水門係ダーヤは、潮の満ちる時刻に門が閉まらないことへ気づいた。木の下端に焼けた葦が絡まり、歯車が半分しか動かない。上流から流れる水が押し返され、畑の端へ溜まり始めていた。
水門の鍵は都市ごとに一つずつあり、双方の代表が揃わなければ開閉できない決まりだった。しかし一方の代表は火事の責任をめぐる会議で戻らない。ダーヤは鍵を破ろうとはせず、二つの都市へ同じ内容の伝令を走らせた。
夜更け、返事のないまま水が膝の高さへ達した。年老いた船頭が、歯車の手前に結び目を作れば葦だけを引き出せると提案した。兵士はその作業が規則違反か問うたが、船頭は鍵穴に触れなければよいだろうと笑った。
縄は二度切れ、三度目に焦げた葦の束が抜けた。水門は少しずつ閉まり始めた。畑の小屋は濡れたが、低地の家々までは水が届かなかった。
朝になって戻った代表たちは、正式な開閉記録の時間が空白になっていると不満を漏らした。ダーヤは水位の記録を示し、鍵を動かしていないことを説明した。
水門のそばに住む陶工は、逆流で粘土の置き場が浸かったと訴えた。田畑は守れたが、陶工が冬に使う土は泥水と混ざり、もう焼けないかもしれない。ダーヤはその被害も記録に足した。畑が無事という報告だけで役人が安心すれば、住民の暮らしの半分は無かったことになる。陶工は濡れた土を少しだけ試し焼きすることにした。
二人の代表はそれぞれ自分の都市へ帰り、後から許可を出すことになった。湿原では水が先に動き、紙が後を追う。ダーヤは破れた縄を乾かし、次に使える長さだけ残して巻いた。




