王都の赤い封蝋
南西王領の宮廷で、若い書記官が封書を落とした。赤い蝋が割れ、三市連邦の軍から届いた和平の照会文が床に散らばった。中身は和平そのものではなく、排水路の修理中は剣を抜かないという取り決めの確認だった。
宮廷の長官は封蝋を割った罪を問おうとしたが、書記官は最初から古い封がひび割れていたと訴えた。証人は誰もいない。紙を押収すれば、今度は連邦からの返事が途絶える。
国王は別の席で税収の報告を聞いていた。辺境の村から納める穀物が減り、砦を維持する費用が膨らんでいる。長官は書記官の過失よりも、連邦と交わした小さな約束が王の権威を傷つけることを恐れていた。
若い書記官は割れた蝋を捨てず、同じ形に並べた。長官が不思議そうに尋ねると「いつ割れたかは分かりませんが、何が書かれていたかは残せます」と答えた。
結局、王都は排水路の取り決めを追認した。ただし軍の責任者へ、新しい誓約文への署名を求めた。現場へ届けば、兵たちはまた別の言葉を読み解かなければならない。
国王の側近は、排水路の修理を認めるなら王領の兵にも同じ日に働かせるべきだと進言した。長官は共同作業が友好に見えると懸念したが、職人を分ければ完成が遅れる。書記官は過去に同じ水路を直したときの支払簿を見つけ、両方の領地の名が並ぶ頁を示した。初めての協力ではないと知っても、宮廷の不安が消えたわけではない。
書記官は夜の廊下で、割れた蝋の欠片を小さな布へ包んだ。紙は遠方へ渡っても、封の傷までは伝わりにくい。彼は今後すべての文書に、受け取ったときの状態も書き添えようと考えた。




