谷の客人
夜襲の翌日、ラウゼの村へ足を傷めた男が現れた。泥だらけの衣服を着ており、剣は持っていなかった。村の薬師は傷口を洗い、歩けるまで納屋で休むよう言った。男は名前を名乗らなかった。
占領軍の巡回が村へ来たとき、薬師は患者がいることを隠さなかった。イザクの兵は傷の形を見て、山の襲撃者かと疑った。薬師は足を切った刃が何のものか知らない。薪割りの道具でも同じ傷になると説明した。
男は夜中に熱を出し、古い地名をいくつも口走った。薬師の孫が地名を帳面に書き留め、祖母へ見せた。三つは消えた村の名で、残る一つは今の地図にない小道の呼び名だった。
ゲレンの斥候が谷へ入り、男の噂を聞いた。彼は名乗らない男を自軍の密偵と決めつけなかった。もし傷ついた者すべてが自分の兵とされれば、谷の住民は誰も保護できなくなる。
数日後、男は目を覚まして水を求めた。薬師が名前を聞くと、「戻る家がない」とだけ答えた。薬師は戸籍の欄に仮の印を付けた。
薬師の孫は、男の靴底に縫い付けられた布を見つけた。山で滑らないよう編んだものらしいが、村の職人はその編み方を知らなかった。靴を証拠として奪う声も出たものの、薬師は治るまで履物を残した。歩けない者から靴を取っても、道の名前は分からない。孫は編み目だけ紙へ描き、いつか誰かに見せることにした。
納屋の外では雪解け水が流れていた。村人の一人が、あの男のせいで兵が来ると非難した。薬師は男を運び出すとも守り抜くとも宣言せず、まず傷が塞がるまでの寝床を用意した。戦争の境目に住む人々は、答えを出せない客を何度も迎えることになる。




