朱印のない通行証
東岸の市場へ来た老人が、門番トーマに折れた木札を差し出した。西岸の診療所から渡された通行証だが、雨で朱印が消えている。背には寝たきりの弟がいると言い、今朝だけ薬草を受け取りに来たのだという。
トーマは札を返さず、名簿を開いた。弟の名はある。だが薬草の受取人は別の男だった。なりすましを疑えば老人は帰れない。見逃せば、次の者が同じ札を使える。列の後ろでは麦袋を運ぶ商人が足を踏み鳴らした。
市場係メレンが呼ばれた。彼女は証言を求める代わりに、老人が覚えている診療所の寝台の位置を聞いた。老人は窓の割れた場所と、洗濯物を結ぶ縄の高さを答えた。テラから届いた覚書と合っていたが、書類の受取人名だけは違った。
「届けに来た孫の名前でしょう」と老人が言った。「字を書けるのは、あの子だけなので」
メレンは木札の裏に弟と孫の名を並べて刻ませた。文字を読めない老人のため、欠けた円の印も加えた。門番はその印を名簿に写し、戻るときにも照らすことにした。
老人が薬草を受け取るとき、係は包みの大きさを半分にしようとした。記録では弟の熱が下がったことになっていたからだ。老人は昨夜また熱が出たと話し、記録した日の後の変化を伝えた。メレンは診療所の側にも、新しい知らせを預かる場所を作るよう頼んだ。印だけ合っても人の身体はそのままでいない。
薬草を量る間、老人は門の脇で座った。行列は短くならない。誰も制度が出来上がったとは思っていなかった。それでもトーマは、札のない者が来たら追い返す前に話を聞く場所が必要だと分かった。夕刻、門の陰に雨避けの屋根を掛けるため、古い板を三枚集めた。




