窓のない教室
東岸の学校は、古い倉の一部を仕切って造られていた。窓は戦争で割れたまま塞がれ、天井の梁には先代の生徒が刻んだ名前がある。教師のノアは毎朝、板戸を開いて冷えた空気を入れ替えた。
西岸から子どもが三人来た。橋を渡った病人たちで、熱が下がると医師がしばらく学校に通うよう勧めた。ほかの生徒は珍しがったが、ノアは席を一つずつ空けてやった。
「西の川は、赤いの?」
東岸の少年が尋ねた。どこかの兵が、敵地の川は血で赤いと言っていたらしい。新入りの少女は首を振り、「同じ灰色だよ」と答えた。
授業で使う地図には海が四つ描かれ、昔は地球と呼ばれる一つの世界を示していた。今の国境はどこも載っていない。ノアは地図の穴を指で押さえ、子どもたちに故郷の位置を教えてもらった。
少女が西岸の水門を示すと、東岸の子がその先の畑を指した。同じ青い線が二つの土地を繋いでいた。教室の隅では、父を戦場で失った少年が黙っていた。知らない相手と仲良くすることが、父を忘れることになる気がしたのだ。
昼、ノアは少年に水を運ぶ仕事を頼んだ。新入りの子にも同じ仕事を渡した。二人は重い桶の両側を持ち、床に水をこぼしながら戻ってきた。
ノアは古地図の余白に新しい地名を書き始めた。生徒たちは自分の村の名を次々に言い、互いの発音を直し合った。誰かの故郷は焼け、別の者の家はまだ畑のそばにある。同じ文字で記しても、帰れる場所が同じだとは限らなかった。
その日の終わり、少年は少女の名前だけを聞いた。親しくなったわけではない。けれど明日から呼ぶための名前が必要だった。




