濁った井戸
橋の西側の避難民地区で、井戸の水が濁り始めた。最初に気づいたのは、毎朝水を汲む少女だった。桶の底に細かな砂が溜まり、前日より匂いも強い。家々ではすでに腹を壊す者が増えていた。
医師テラが訪ねると、井戸の近くに新しい排水溝が掘られていた。雨を逃がすためのものだが、溝が井戸の地下水に繋がっていた可能性がある。
西岸の水番は井戸を閉じるよう勧めた。しかし水を止めれば、遠い川まで病人の家族が歩かねばならない。テラは配給の水を別に確保するよう求めた。
ヴァルドは兵の飲料水を少し分け、近くの集落から水桶を借りることにした。兵の中には避難民へ水を渡すのを嫌がる者がいた。自分たちの備えが減るためだ。
テラは誰を責めるより、腹を壊した者の家を地図へ記した。井戸に近い家だけでなく、遠くの家にも病人がいる。同じ水を運んで飲んでいたことが分かった。
夕方、少女は井戸の縄を外し、誰も水を汲まないよう小さな札を掛けた。字の読めない者のために、黒い波線を描いた。
井戸の近くに住む老職人は、排水溝を作る前の土地を覚えていた。昔は雨のあとに水が集まる窪地があり、子どもたちが小さな舟を浮かべたという。避難民が増えて窪地を埋め、そこへ家を建てた。テラは昔話を懐かしむためではなく、水が地面の下をどう通るか知るために聞いた。古い地形を覚えている者の言葉が、井戸を調べる手がかりになった。
夜、雨は止んだ。テラは患者の具合を見回り、汚れた桶を洗う場所を決めた。病気の原因が一つ分かっても、明日飲む水が足りなければ人は困る。彼女は濁った井戸の封鎖を、戦争の命令と同じくらい重い仕事だと感じた。




